飲酒時代に背負っていた荷物は、もう再び担ぐ気にはなれません。

酒やめて1744日。伊丹十三さんのエッセイの中に「結婚の重さ」について記したものがあります。今、探し出せないのでうろ覚えで書きますけれども、重い荷物を背負って山に登り頂上に着いてその荷物をおろすと、身体がチリチリと宙に浮くような不思議な感覚にとらわれるというのですね。

コロナ後の外食飲酒文化がどのようになるのか、余計なお世話ながら考えてみました。

酒やめて1742日。先月末に、いわゆる禁足令が解けて、今月に入ってからというものの、社会は平常運転になりつつあるようですね。これはなんでも日本だけの現象だそうなので、ここで一発、コロナレスの国際競争力を発揮して復活の狼煙を上げてほしいものです。

定職なし定収入なし、しかも高齢のジジイにとって、案外面白い時代と社会なんじゃないかと思えてきた。酒さえ飲まなければ。

酒やめて1740日。ちょっと前に「死ぬまで働け」の時代はジジイにとって辛い時代、酒飲んでたらなおさらだよね、という話を書かせていただきました。ただし若干の希望の光もあるので、今日はそのことについて書きたいと思います。誰にも頼まれてはいませんけれどもね。

「声を荒げてなんとかしよう」が世に受け入れられないのは、立憲民主党不人気を見ても明らか。でも飲酒していると……。

酒やめて1738日。元文部科学省事務次官の前川喜平氏が今回の選挙の結果を受けて、日本の有権者は愚かだとツイートし案の定炎上してますね。まあでも、私の周りのメディア関係者は自称関係者も含めてこういうタイプが多いです

巷で話題の「就職氷河期世代の暗黒」について、社会人としてマクロで(?)断酒者としてミクロで(?)考えてみた。

酒やめて1736日。ここのところ「死ぬまで働け」な時代ということに関連して書かせていただいていますが、世間的にも幻冬舎ゴールドオンラインの記事が話題になっています。「就職氷河期の暗黒「年金すらももらえない」老後破産の現実味」です。

「加齢」は人間の能力を評価するにあたってマイナスポイントになりがちだけど、「飲酒習慣」もそうじゃないかという、せつない話。

酒やめて1734日。ここのところ、死ぬまで働けの時代において飲酒習慣はどうなのよ、といった話を何度か書かせていただきました。でも、死ぬまで働けは、やっぱり辛いです。人間はある程度齢食ったら「働かない」が当たり前だと思います。

酒と付き合うにあたっては、日本人特性というものをよく考えた方が良いと思われる件。余計なお世話ながら。

酒やめて1732日。酒を飲んだ翌朝、正確に言えば深酒した翌朝、絶望的な気分になるということは、アル中アル依ならずとも、多くの人が経験していると思います。これはアルコールを分解するために肝臓の働きが手一杯になり、セロトニンを生成する(物質を生成する)ことができないからだといいます。

若いうちの酒を介した社交と、ある程度齢食ってからのそれは、区別して考えた方がいいと思います。

酒やめて1730日。いよいよコロナが収束しそうですね。昨日の陽性者は239人で、今年の夏、最多で一日2万5千人超えていたことを思うと、信じられないような「激減」ぶりです。そしてこれは日本だけの状況らしいです。やっぱり日本はやればできる子です。

「下町ロケット」はもうないのに円安だけが進行したらどうなるかということを、断酒者視点で考えてみた。

酒やめて1726日。今日は、最近世の中で起きていることとか、これから世の中が向おうとしているところとか、そういったテーマで社会派ぽく(?)書いてみたいと思います。断酒ブログの手に余ることではありますが、何か見えてくるものもあるかも、です。