断酒教? とんでもありません。宗教が人を戒律で律するものならば、断酒は心根を解放する所業であります(大げさ)。

酒やめて2012日。またぞろ承認要求充足と断酒とのからみの話で恐縮なのですが、そしてちょっと前にも書いていますが、承認要求を満たしたいがために、何らかのコミュニティに所属するという行動パターンがあります。それは統一教会のような危険な宗教もそうだし自己開発セミナーの類もそうでしょう。

自分で自分を認められるのはもちろん、他者からも認めてもらえるという余禄もあるのですよ、断酒には当然ながら。

酒やめて2010日。一昨日、「承認要求を満たすための最高の方法は、間違いなく断酒です!」といったことを書きました。要は、断酒したら自分で自分を認められるのだから、それ以上の承認要求充足はない( ー`дー´)キリッということです。

承認要求を満たすための最高の方法は、間違いなく断酒です!

酒やめて2008日。安倍さんの一件で統一教会問題が再びクローズアップされていますが、その下部組織として大学内で活動を行っている原理研があることはよく知られています。この原理研、私が大学生の時代も当然のようにありましたが、やっぱりアイデンティティが確立できていない学生の心にすっと入り込んでくる類のものだったと思います。

コロナによる若年層の「経験レス」が、将来的に社会に甚大な影響を与えるのではないかという仮説【アル中も増えちゃうかもよ】

酒やめて2004日。先日、4人で会食しまして、そのうち2人がコロナ陽性になったという一件がありました。残りの1人はコロナ明けであり、残り1人は私であります。つまり私としては陽性者と濃厚接触となったわけで、数日間自宅謹慎(?)していました。

様々な雑事にとらわれて本来の仕事をする時間がない~とお嘆きの俺。雑事の最たるものは酒を飲むことでした。

酒やめて2002日。大昔の会社員時代、最初営業をやっていてその後、クリエイティブなどという小賢しい名称を名乗る部署に移ったのですけれども、ただクリエイティブといえどもクリエイティブではまったくなく、いろいろな雑事で日が暮れていたのでした。

断酒は、人生のすべての行動のなかで、もっとも見返りが大きいものだという確信。

酒やめて2000日。一昨日、「「好きなことやらせてもらおうもん」の夏にしますわ」といったことを書かせていただきました。それに関連して本日も書きたいのですが、本日、酒やめてなんと2000日に到達しましたので、多少はお役に立てるというか意義あることを書かねばならぬと意味なく気負っております。