「ストイック」を選べば、人生好転していくという仮説。

酒やめて3302日。人間、一日の間に「決断」する場面が実に約3万5千回あるそうです。こうしたとき、二つの選択肢からどちらかを選ぶ(あるいは無意識のうちに二つに絞り込んだ上で選ぶ)というケースが多いと思うのですが、この際、自分の中で一つの選択の基準、プリンシプルを持っていると、生きる上でめっちゃラクなのかなあ、とも思います。

断酒したその時点で「メタ認知」はできているのだ。

酒やめて3295日。「断酒」ということを考えるときに、再飲酒問題、スリップ問題は避けて通れないものとされます。この「再飲酒」と「スリップ」は、「スリップで再飲酒」というふうにセットでとらえられがちですが、分けたほうが良いかなあとも思うのです。

酒やめて手に入るものこそ、人生を「ガチ自由」にしてくれるんだなあとしみじみしてしまいますよ。

酒やめて3291日。一つ前のエントリで「断酒は、神が与えてくれたチャンスだと考えれば良いのだ」を書かせていただきました。酒をやめると自分が変わる人生が変わるのは間違いないところであり、それは、もともとの自分よりもさらにバージョンアップした自分になれることだと、いつも強調させていただいております。

酒やめると楽観的になれる。というよりも、楽観と悲観の仕分けができるようになる。

酒やめて3281日。酒をやめると、楽観的に生きることができるようになるといいます。この医学的理由として、幸せ物質と呼ばれるセロトニンの生成能力が復活するから、とされます(ざっくり)。逆に言えば酒を飲む習慣があると、セロトニン生成が抑えられるわけですよね。

断酒が人生にとてつもないパワーをもたらす「構造」を勝手に分析してみると……。

酒やめて3277日。ちょっと前のエントリで「酒を飲んでいるのは、メガネをひたいに載せてメガネを探しているみたいなもんですね」といったことを取り上げさせていただきました。酒さんの怖さは、「酒を飲んでいる自分」が「自分(そのもの)」になってしまうことだとあらためて考えていたところ、支払い.com(ドットコム)という会社(システム)のコマーシャルに行き当たりました。

最も簡単な「苦行」は断酒かもしれないという話。そしてその効能も。

酒やめて3274日。宗教世界では「苦行」と呼ばれる厳しい修行が存在しています。キリスト教におけるむち打ち、ヒンドゥー教における片足立ちを何年も続けるといった極端なものもあり、また仏教でも達磨大師のように9年間、壁に向かって坐禅したという伝説は苦行そのものでしょう。

受験以上に「昨日の自分を超えていけ」にあてはまる行為といえば。

酒やめて3270日。いよいよ明日から大学入学共通テストだそうで、それを支援する塾や予備校の広告を見るにつけ、コンセプトの一つとして「昨日の自分を超えていけ」があることがわかります。むろんこうした考え方は受験に限ったことではないのでしょうけれども、受験の場合、とくに強調されるようです。