酒やめてから、「周りを変えよう」などとはこれっぽっちも考えなくなりました。

酒やめて、2134日。

「周囲に期待」→「自分に期待」の一大転換

転職ウェブサイトDUDAのコマーシャルに以下のようなコピーがあります。

「会社や周りが変わるのを望むより」

「自分で次に進む方がたぶん近道だ」

動画はこれで林遣都さん主演ですね。

これねー、まったくよくわかるんですよ。いや、私は定収入皆無のフリーランスの身なので会社云々ではないのですけれども、断酒者としては、これを初めて視たとき、時代が我々断酒軍(?)に追いついてきたなふふふふふふ……とほくそえんだのです。

というのは、断酒すると、ある種の諦観が自分の中で確立されるからですね。いつも書いていることで恐縮ですが。

これは、諦め、というのとはちょっと違っていて、客観的視点の獲得、あるいはメタ認知にも近いもののような気もします。かっこつけすぎですが。

回りくどく書きましたが、要は、周囲に期待しなくなります。まさに冒頭のコマーシャル通りで、考え方が大きく変わります。おそらく断酒という大事業(たとえ一日でも大事業です)の達成によってセルフエスティームが激アップすることの裏返しではないかと身勝手ながら感じております(参考「セルフエスティームをアップさせるための、一番簡単な方法」)。

個人的なことを言えば、酒やめるまでのの人生は、他人に期待してそれでいろいろ齟齬が起きていました。典型的なのはやはり結婚生活でしょう。結婚生活はお互いのスタイルのすり合わせですから、そこでいろいろ軋轢が生まれるわけですが、相手に変わってくれるように(自分のスタイルに合わせてくれるように)期待すると面倒くさいことになるわけですわ。

で、その延長線上に子育てというものもあり、どうしてうちの子はこんなに勉強しないんやろ、勉強させるにはどうしたらいいんやろとかいろいろ考えて、子どもに対して変化を促すと、これはこれで軋轢を生んでしまいます。だから塾などの「絡め手」が必要になるのですね。

やっぱり断酒者は時代の先端にいるのだった!

でもって遅まきながら断酒すると――私の場合はマジ遅まきすぎるのですが、もうそういうことにまったく期待しなくなる。別にいいじゃないか、他者なんだから、期待して変えようと思うのは自分のエゴだ。そういう当たり前のことに気づけば(遅まき過ぎて恥ずかしいのですが)、結果的に非常にラク~です。対人のストレスもなくなりますからね。

むろん、それは断酒しなくてもできることだし、置かれた立場によっても異なりますが、ただ、今、対人関係で悩んでいる人は、断酒という処方箋があることは言えると思います。エラソーですみませんけど。

まあ私の場合、失ったものが多すぎて、本当に遅きに失したのですが、ともあれ今は、自分がやるべきことはやって後は神のみぞ知る~でいいじゃないかというふうに考え方が変わってきます。

でもって、これまた非常にエラソーというか鼻持ちならないのですが、ついにそうした考え方に時代と社会が追いついてきているということですね。大事なことなので二回目言いますが。

個人と組織の密な相互関与で、これまで日本という国は成長→繁栄してきたのだと思います。それは日本的な美点だったのかもしれません。ただ、もうそうではなくなっている。こんなことを断酒ブログで「語る」のもナンですが、個人と組織の深い関与、個人からいえば会社に対する忠誠心で個人が力を発揮するような仕事、つまり言われたことをその通りにやったほうがいい仕事は、もうおおかたコンピュータやAIに取って代わられている。にも関わらず、そういうやり方が未だに幅をきかせいていることが、日本衰退にもつながっているのではないかと。

でもってまさに冒頭のコマーシャルがごとく、他者=組織と自分のすり合わせで苦労するのでなく、自分軸をもってやっていくことが、今の時代、重要ですよね。そのために組織を選ぶというのがDUDAさんの訴求で、そりゃ転職ウェブなのでそうなるでしょうが、根っこにある考え方は個人事業主であろうが変わらないと思います。

そのような世の中になりつつある今、諦観をもって生きる、自分に期待するけど他者に期待しないという断酒者の生き方はやっぱり一歩先を行っていると思いますが何か。大事なことなので三回目言わせていただきました(汗)。

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