老害と貧困と酒は、きわめて親和性が高いという当たり前にしておそろしい結論。

酒やめて、1317日。

コロナ禍が老害渦をクローズアップ!?

以前、老いと貧困と酒の関係について書かせていただきました(参考「老いと貧困と酒は、手に手を取ってやってくる」)。いやーしかしこのことは、ここに来ていっそう感じるところではあります。というのは、「老い」の特性(?)である老害が今、ことさらにクローズアップされているからです。

「老害」は以前から指摘されていましたが、このコロナ禍によって非常に身近なものに、そして切実なものに感じた方も多いと思いますし、社会問題としてますます顕在化しています。

たとえばコロナ禍で、あるいは台風などの災害でもいいんですけれども、買い占めをするのは高齢者と言われています。たぶんそうなのでしょうけれども実際のところ問題はそこではなく、物資の欠乏についてお店の人に文句をつけている高齢者を非常によく目撃するようになっています。これが身近なかたちでの老害の顕在化ですよね。「なんで〇〇(たとえば水やトイレットペーパー)がないんだ!」と怒鳴ったり、「どこに行けば買えるのかしらねえ」とねちねち言っている高齢者をとみに見かけるようになったりしました。こういうことって、そう思ってみるとますます目につくのです。

個人的体験に過ぎないと言ってしまえばそれまでなのですが、同じような体験をしている方も多いんじゃないでしょうか。今までマントル海流として社会の底を流れていた老害が、ここに来てマグマのように噴出している、といった印象は確かにあります。

もちろん社会構造上の老害問題もあり実はそっちの方が一大問題なのですが、話が大きくなるのでここでは措いておきます。

で、ですね、こういういわゆる老害を発揮する人を見たりすると、はっきりいってあまり豊かそうではないです。

「清貧」という言葉がありますが、若い頃はその人の経済状況と人格は関係がないと思います。それどころか、貧困をエネルギーに変える力が若い頃には備わっています。たぶん。ただ高齢になるとちょっと違ってきますよね。前頭葉が萎縮して感情がむき出しになりがちであり、貧困という状況はすなわち人生上手くいってないということですから、自然、感情的になる機会も多くなるということです。ですから繰り返しますが、貧困と老害は密接な関係があると思います。

「美しく歳をとる」はもはや生存条件だ

要はそうなっちゃいかんのですよ。というのは、今回、先輩方が老害ぶりをいかんなく発揮してくれたおかげで、これから老いに向かう我々世代も、こいつ老害だなという目で見られるようになります。間違いなく。今、老害ぶりを発揮している高齢者よりもさらに厳しい社会状況に置かれることになるのです。これは間違いなくコロナの副作用の一つだと思いますね。辛いです。

欧米ではビューティフルエイジングという考え方があって、美しく老いるためにはどうすれば良いかというメソッドも発達しているらしいけれども、ビューティフルエイジングは「素敵なライフスタイル」などという甘ったれたものではなく、サバイバル要件です。ビューティフルエイジングしないとおそらく老害狩りに遭ったりしますよ(笑)。いや、笑い話ではなく、マジでそんな勢いです、昨今の日本というところのものは。

で、ここに酒が絡んできます。酒は老害をもたらす一つの要素であるところの貧困、それをもたらす大きな要因ですよね。いつも書いていて恐縮ですが、酒は固定費です(参考「いくら安く飲めるからといって酒は「固定費」になってしまうから怖いのだ」)。そして収入があるうちはその固定費が全体の収支のなかに吸収されていたとしても、年金生活などで収入が少なくなってくると問題化します。そしてもう一つ、酒は老害をもたらす一つの要素であるところの前頭葉の委縮、それをもたらす大きな要因です。老害の二つの構成要素に酒がからんでいる、ということです。

そう考えると、老害と貧困と酒はものすごーく親和性が高いわけです。逆に、この酒という要因を取り除くと、老いに伴う災いが三分の二になるのではなく、一気にゼロ近くにまで減らすこともできるかもしれません。

そう考えてみるのも断酒モチベーションになるのでは。

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