酒やめて、2022日。
「自分語り」は本来、お金を払ってすべきものです!
あー、やっとうざいお盆も終りましたねー。何が嫌だって正月もそうですけど、出たくもない集まりに出なきゃいけないことですよ。まあなるべく避けているんですけど。
でも新たな気づき(?)もあって、断酒者(独善)理論かもしれないのですが、自称適正飲酒者というところの者は、訊かれてもいないのに、自分はちょうどよく飲んでいることを、集まりの場で無駄にアピールしますね。事例は少ないけど、みんなそうです。
そして必ず言うのが、検査は定期的にしてるけどどこも悪いところはない。医者からとめられているわけでもない(`・∀・´) です。
そういう人間は、集まりごとでは、適正飲酒というわりには、どう考えても適量ではないやろーという量を飲んで酔っ払うのですよ。そうすると、自分の仕事に対する思い入れみたいなことを訊かれもしないのにとうとうと語り出します。
これねー、めちゃ迷惑なんです。自分も飲んでいるときはあまり気にならなかったけれど、飲んでないと、ちょーウザイです。そもそも自分語りは本来、金を払ってやるべきです。孫がじいちゃんの話を殊勝に聞くのも小遣いがもらえるからですし、どうしても語りたければ、出版社に金払って「わが社のこだわり」みたいな本を出してもらえばいいんですよ。
あるいはSNSとかで語るとか、ですね。SNSでは「ほら、ボクって〇〇じゃないですかあ」(←「知らんがな」)の人が揶揄の対象になったりもしますが、こちらは少なくとも実害はありません。
酒が自己評価を無駄に肥大させる!?
ともあれ、俺はちょうどよく飲んでるアピールの輩と、俺の仕事にはこんなこだわりがあるアピールの輩は、少ないサンプルながら、わりにニアリーイコールの気もします。
若いうちは、誰しも自分の仕事について「語ったり」するけれど、齢くってくると、仕事への思い入れもだんだんなくなるし、なによりもあまりみっともいいことではないので、そういうことはしなくなります(さらにジジイになると、また語りたくなるパターンですね)。
ということは、自分が齢くうとともに「語る」人間は周りにあまりいなくなるので、そうする輩は悪目立ちするのですよ。そしてそれは、自分は適性飲酒者と言っている人間に多い、ということを言いたいのであります。
そういえば私の同業者にも、俺は最近ますます〇〇の能力が上がっていると放言して、周囲を鼻白ませている人間がいます。まるでナイツのネタにされる漫才協会の師匠の爺さん方のようで、だから罪がないちゃないのですが、彼も典型的な自称適正飲酒者です。
この辺の心理的メカニズムを、余計なお世話ながら分析してみると、要は酒がそう言わしてるんですよね。
つまり酒さんは、お前は特別な人間だ優れている人間だ仕事もこだわりをもってやっているし周りにも認められているだから酒は飲んでもいいんだよとずっと囁きかけてくる。そして、もちろんお前の飲み方は悪くない、と。で、本人も「そうだ!」と確信するので、それが自己評価の肥大につながり、ついつい自分語りを始めてしまうのだと思われます。
と、メカニズム(?)がわかったところでどうしようもなく、対策としては、ただ離れて行くしかないのですが、日本的な会合があると、最低限の付き合いをせざる得ないのがネックでして。この辺どうするかを今後の検討課題にしたいと思います。
あのさー、そのこだわり、本にしてもらえば~。800万くらい出せばやってくれると思うよ、とでも言ってみようか(性格悪い)。
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