【断酒erの身勝手】過去の飲酒歴を持ち出す輩とは付き合わないことに決めたのだった。

酒やめて、2392日

ストレスは人間関係から生まれるものだから

以前、「酒やめると、「付き合わないほうがいい人間」「付き合うべき人間」がはっきりしてくるよね、という話」といった話を書かせていただいたことがあります。酒をやめると人間関係において、付き合うべき人かそうでないかの判断基準が変わってきて、しかも明確になるということです。タイトルそのままですが。

というと、いささかゴーマンのようではありますが、ただ、すべての人が目指すところはストレスなく暮らすことでしょうから、そこにおいて誰とどのような人間関係を構築するかは非常に重要です。とくに人生の後半になると、大切にする人は大切にし、付き合わない人は付き合わないという態度の明確化は、残りの人生をコンファタブルに生きるための必須事項と思われます。

でもってその基準というのが、やっぱり「酒」に求められるなあと思ったわけですよ。断酒er的には。

付き合う人間の基準が持てるのだ

「お前は昔はアル中だった」ということを殊さらに言ってくる人間は確かにいて、断酒erはそういう言葉を浴びせられることも多いと思います。いや、案外そういうのは私だけで、私の人望のなさの現われかもしれませんが(汗)。

「お前は昔はアル中だった」はまったく正しい。ぐうの根も出ません。過去に飲酒で迷惑かけたこともあります。もっともそのように言ってくる輩に迷惑かけたわけではなく、往々にして迷惑をかけたのは、後で述べる「善意の人」なのですが、ともあれそうした負債は背負って生きなければいけないとは思います。

しかし、ですね。「お前は昔はアル中だった」という言葉が自分の飲酒を正当化するために発せられる場合、発してくる輩は品性下劣なヤツだと規定して「切って」いいと思っております。そうした人に関わっているには、あまりにも人生は短いからですね。勝手な理屈ですが。

逆に、酒をやめていることを認めてくれて、よく続いてるよなあマジ尊敬するよお、と率直に言ってくれる人は――そう言いながら当人は飲んでいるケースも多いのですが――付き合いに値する人間です。

どーも上手く言えないし繰り返しになりますけれども、元アル中である以上、過去の負債を背負いながら生きなければいけない。それはわかっています。

そして、それを指摘してくる人間は正論、というか事実すぎる事実を言っている、と。しかし、そういう輩を相手にしない自由はこちらにあるわけで。DJ SODAなる人物に対する痴漢行為は犯罪であることは間違いない。しかし、そのDJ SODAなる人物を、(ご本人がどのように自分を規定しようと)エロを売りにしとるやん、と思う自由はあるのと同じですね(そうなのか?)

でもって言いたいのはここからでありまして、断酒erには、「過去の自分を正義面して裁いてくる」かどうかを基準に、人付き合いを選ぶ権利を有しており、それもまた断酒er特権であると考えております。そしてそうやって付き合う人間を選んでいくと、快適な人生が待っていると信じております。

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