酒やめた理由一覧

山田勝彦議員謝罪会見の「私人として」がなんともやるせなく感じる理由。

酒やめて1780日。二個前のエントリーで「酔った勢いの「社会悪」って、今、どこまで許されるんでしょうかね?」という話を書かせていただきましたが、書いていて元アル中→断酒者の心の琴線に触れる(?)文言がありましたので、その点についてちょっと考察してみたいと思います。

デジタルアルゴリズムとのお付き合いと飲酒は徹底的に相性が悪いことを、あらためて確認しておきたいと思います(笑)。

酒やめて1386日。一昨日書いたこと――「日本は世界のなかで、酒に関してもガラパゴス化している件」に関連して、それをもうちょっと深掘りしたいと思っていますが、これから書くことは妄想の類なのかもしれません。て、それは毎度のこと、あるいは断酒者ご都合理論やんけ、と言われればそれまでなのですが(苦笑)、お付き合いいただければ幸いです。

飲んだくれの人生だと、死んだ後に「酒」でしか記憶されない!?

酒やめて1336日。大昔、ホイチョイプロダクションズが、雑誌に『南青山クラスライフ』といううんちく漫画を掲載していて(単行本にはなっていないようです)、そのコンテンツの一つに「お嬢様の一生」というものがありました。愛育病院か山王病院で生まれて双樹会とか伸芽会に通い……というやつですね。

あらためて思う。肝臓とはなんと健気な臓器なことよ。

酒やめて1255日。飲酒時代、ときどき右の脇腹、つまり肝臓のあたりが痛いときがありました。でもこれはおかしな話で、肝臓は沈黙の臓器と言われています。痛みを感じる神経がないので、どんなに悪くなっても痛さを訴えないそうです。ただ、現実には肝臓あたりが痛い。そこで思うわけですよ。沈黙の臓器が沈黙してないんだからマジでやばいんやな、と。

アルコール依存症だけ不当に「差別」されるんなら、もう酒やめて見返すしかないでしょ! 

酒やめて1250日。人気ブロガーのよもぎねこさんが、ちょっと前ですが「差別って何? 駄菓子屋とラーメン屋と東京マラソンと中国人渡航拒否」という記事を書いていました。コロナ感染リスクがあるので「中国人来ないでください」と張り紙した駄菓子屋屋さんやラーメン屋さんについてです。これを、朝日新聞は散々攻撃していました。

なぜタバコのことはすぐ忘れられたのに、酒には未練タラタラになってしまうのか。

酒やめて1227日。個人的なことで言えば、私は二十数年前に禁煙しました――そういえば煙草の場合、永遠にやめる場合でも「禁煙」といいますよね。酒は一時的にやめるのが「禁酒」、一生飲まないと決めるのが「断酒」と一応はなっているようなのに。

反面教師の存在が、断酒と断酒継続にかなりのインパクトを持つという話。

酒やめて1210日。私が酒をやめることができた、そして断酒を続けられてる理由の一つに「反面教師」の存在があります。私にとっての反面教師とは、人からお金を借りて飲む人です。あるいは飲み会などでお金を払わない人です。要は「たかり酒」というやつです。

適正飲酒者・機会飲酒者にはなれない大いなる自信があるから、一周回ってスリップしない自信もまたあるという話。

酒やめて1204日。酒やめて一定期間、そうですね、半年とか1年経つと、もしかしたら俺は晩酌でビール1本飲む程度の、いわゆる適正飲酒者になれるのではないか、あるいは、飲み会など必要なときだけ飲む機会飲酒者になれるのではないかという気持ちが、むくむくともたげてくるとはよく言われます。

酒をやめてなければ、絶対に乗り越えられなかったであろう二つの出来事。

酒やめて1200日。今日で酒やめて1200日になります。ブログ本数では201本目ですね。このブログを始めたとき、100本程度ならネタがあるのでとりあえず100本書いてみようと思いました。が、200本も書けたことに驚いています。200本といっても同じようなことを書き連ねているわけですけれども、ブログとはそういうものだと割り切っています(笑)。

アル中になるターニングポイントは、確かに存在しているという件。

酒やめて1191日。緊急事態宣言延長によって、外出自粛&テレワーク推奨が続くことになりましたが、同時に巣ごもり生活でアル中になってしまう危険性もまた指摘されています。こうした指摘の趣旨は、家にずっといるとどうしても飲酒量が増え、したがってある中になりやすいということですね。