飲酒はストレス解消になるのかならないのか。

酒やめて、2174日。

「酒は健康に良い」はストレスを解消するから!?

一昨日、「「少量の酒なら健康にいい」「酒は一滴でもNG」論争は、脳への影響を無視してはできない件」といった話を書かせていただきました。「酒は健康に良い」は否定されつつあるのですが、そもそもなぜそのようなことが流布されてきたのか。一つには、一昨日も書きましたし定説になっていますが、中国の王朝「新」の王莽という皇帝が徴税ために考え出したプロパガンダだというのです。そしてもう一つには若干の科学的なエビデンスもあって、それは酒がストレスを軽減するということでしょう。

ストレスはそれこそ古代から人類の生活とともにあり、諸悪の根源とされていましたが、ここにきてその弊害が思っていたよりもっと大きいことが明らかになり、諸悪の根源大魔王みたいになっています。

そうした状況において、酒でストレス解消ということに若干の効用が認められるというのが、これまで一つの考え方としてはありました。

これは、これまでの時代の特性にも拠っていたでしょう。すなわち一日仕事をして疲れて、そこで溜まったストレスを発散させるために――これは、高ぶった神経をなだめるために、ということとニアリーイコールだと思いますが、夜、ナイトキャップとして酒を飲むというパターンですよね。

まあ、この酒でストレス解消というのはよく使われる「手口」でありまして、「ストレス感じるほど仕事してないだろー!(←今ならパワハラ)」な人間ほどそういうことを言いたがります。昔の私ですが。

酒が助長する人格がストレスを呼び込む!?

でもってそういうストレスの解消の仕方は、習慣化すると酒耐性ができてしまい、少しの酒ではストレス解消にはならなくなり、さらに大量の酒が必要となることは、今さら私のような者が言うまでもないことです。まずこれが一つの弊害としてあります。

もう一つの弊害は、「仕事で疲れたーストレス溜まったー酒でも飲もうー」をやっていては、自分の将来に対する仕込みをする時間がなくなってしまうことですが、これまたいつも書いているので割愛させていただきます。

ここでお話ししたいのは第三の弊害であります!

今は社会構造変化の真っ只中にあり、日常ルーティンによる人生がいつまで続けられる分からないという時代ですよね。リストラなどもそうですが、いつ、それまで信じていた生活基盤が失われるかわからない。私のような、もともと明日をも知れないフリーランスでは、「明日をも知れない」度が飛躍的にアップしています。

そうした時代において、酒によって脳が変容し考え方が硬直化すると(実際、飲酒習慣が深度化すると「頑固ジジイ」度がアップします)、突発的に襲い掛かってくる想定外の事態に対処するのは難しいのはもちろん、時代に合わせて自分を変えていくことが不可能になっていく……と、難しく考えなくても、「ジェントルでロジカルな世の中に、酒の居場所はない!?」で書かせていただいたと通り、酒は何よりもエモーショナルな部分を引き出します。

そのエモーショナルな部分は、ロジカルでジェントルな時代と社会にふさわしくなく、対人関係においても仕事においても、あるいはコンピュータさんのアルゴリズムにイライラするみたいな小さいようなことにおいても、なにかと齟齬をきたします。そしてそれがストレスとなってしまう。酒が助長する性格というものが新たなストレスの原因になる時代になっているということを言いたいのでありました。

もう昨日と同じような理屈で酒は飲めなくなっているということですよね。理屈っぽくてすみませんが。

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