人生における弛緩と緊張の量は同じ。緊張を解くために酒が必要なら、緊張の量を減らせば良いのだという話。

酒やめて、1412日。

緊張と弛緩の量はプラマイゼロなのだという謎理論

ちょっと前に、飲みたくなるときというテーマで書かせていただきました(参考「酒飲みたい要求はときどき湧き上がるけど、ただ「このケース」だけは飲まなくて済むようになった! それだけでも断酒してよかった、なのです」)。その繰り返しとなり、またよく知られていることですが、酒が飲みたくなる要因としてHALT――Hungry=空腹、Anger=怒り、Lonely=寂しさ、Tired=疲労というものがあります。ここでは、そのうちの「T」について考えてみたいと思います。

そもそもなぜ「T」になる――疲れるのかといえば、肉体的疲れは別にして精神的疲れの場合、要は張り詰めた状態が続くからですよね。そしてその緊張状態を解くため、つまり弛緩するために酒を必要とするというパターンです。だから極度の緊張を強いられるようなお医者さんなど、とくに外科医は、大酒飲みが多いといいますもんね。

まさに酒でも飲まなきゃやってられない仕事、ということになるのでしょう。パイロットの飲酒も一時問題になりましたが、これも同じような理屈なのではと思います。そして教員もこの範疇に入るのかもしれません(参考「遠い昔、酒で教壇を去った先生のこと」)。

さらに冒険小説などを読むと、ヒットマンなどで仕事をしていないときは飲んだくれて完璧に弛緩しているような人物造型が出てきます。極度に緊張する仕事をこなすために普段はだらっとしてるのだというふうな説明もなされます。ま、「お話」のなかですけど。

そういうふうに考えると、もしかしたら人生における緊張の量と弛緩の量は、プラスマイナスゼロなのかもしれません。

そして、繰り返しますが、弛緩したいときに酒を必要とするわけですよ。

で、さらに考察を進めると(?)、酒を飲まないためには緊張の量を減らせば良いのだという論法が成り立ちます。要は精神的に疲れなきゃいいわけです。

がんばったって他人を見てませんよという正論

つまり、そんなにがんばって仕事などをする必要がないということです。それで断酒ができるなら御の字であり、得るものはそのほうがよほど大きいと個人的経験則的には断言できます。

そのエビデンスたる私のことをいえば、飲酒時代の方がやっぱり一生懸命仕事していたと思います。もちろんそれは稼がなきゃいけない(酒代を稼ぐために!)ということもあったのですけれども、とにかく仕事のクオリティアップにかなり力を入れていました。飲んだくれている分、認められたいという気持ちがすごく大きかったのです。

そしてその反動で、ますます酒を飲むことになった、と(笑)。というと、なんだか言い訳めいてますけれども、美人漫画家にしてアル中→断酒大先輩のまんきつさんの著作などを読むと、作品のクオリティを上げたいがゆえに酒を必要とし飲んでいたという一面も確かにあります。まあ、私などと一緒にしちゃいかんですが(苦笑)。

で、酒をやめてから思ったのは、仕事なんてものはそんなに一生懸命やるもんじゃない、ということですね。適当に手を抜けばいい、というと語弊がありますけれども、クオリティなんて追究しなくていいんですよ。そして人に認められなくてもいいんです。それで仕事がなくなればそれだけのことです。どんなにがんばっても認められないときは認められないし、そうした仕事にしがみついても仕方ないです。ま、酒やめて生活コストがかからないから、そういう余裕もかませるんですけど。

また、承認要求を満たしたいがゆえにがんばって仕事をしている人もいるかもしれませんが、その承認要求については、断酒すると、自分で自分を十二分に承認できますので人に認めてもらう必要がなくなります(参考「すべての不幸は承認要求から始まる。でもって酒やめると、他者の承認なんて必要なくなるから不思議です」)。

ともあれ、そもそもがんばったってあんまり人は見てないです。それがやっとわかったんですね。ですから仕事なんてそこそこ手を抜いて、まったりやればいいんですよ。そうすると緊張しない、すなわち精神的に疲れないし、飲酒欲求というのもそれほど湧き上がってこない。

ある意味、断酒のコツは、がんばらないということかもしれません。断酒それ自体をがんばらないのがコツなんてこともよく言われますが、それ以上に、仕事や家事をがんばらないということです。もっと言えば、人から社会から認めてもらおうと思わないことです。

何度もすみませんが、どうせ人なんか見てないんですよ。あるいは見ていたとしても、評価が非常に恣意的です。だったら恣意的ではないグーグル神を相手に、SEOをがんばったブログを書く方がよっぽど建設的かもしれませんね。私は、こっちもがんばってませんけど(苦笑)。

グーグル神云々はともかく、ブログにしても、もし酒を飲んでいたら、もちろん断酒ブログはやってませんけど、ただ、何かのブログをやろうと思ったらかなりがんばり、SEOとかも必死で考えて、そのあげくに息切れしていたと確信します。今は、断酒者的なまったり感で、どーせ個人ブログだからという思いがあるので結構続いてるんだと思います。

ともあれ、緊張と弛緩という観点から断酒を考えていくのも一つの方法ではないか、と。謎理論かもしれませんが。

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