アル中になるのはロマンチストだから!?

酒やめて、3284日

ジャミロクワイ「Travelling Without Moving」。時刻表オタならぬフェラーリオタのジェイ・ケイさんらしいジャケット。ウィキペディアより

「動かずに旅する」のに必須の本

時刻表マニアの元祖として清水晶さんという方がいらっしゃいます。ずいぶん前に亡くなられていますが、ウィキペディアにも載っていますね。本職は映画評論家で、その方面では著名な方だったようです。

一般に時刻表マニアの元祖として宮脇俊三さんの名前が挙げられますが、時刻表の愉しみを書物として著した最初の人は、私は清水さんだと思っております。宮脇さんは中興の祖といったところでしょうか。清水さんが親鸞で、宮脇さんは蓮如みたいな存在ですね(そうなのか?)。

清水さんは宮脇さんとは異なり、時刻表(および実地探究=旅行)が本業になることはなく、時刻表関連の著作が何作かあるだけで、それも実は最初に世に出た『楽しい時刻表』以外、以降のものはすべて改訂版なのですが、私は全部持っています。軽妙な文章が時刻表の世界をわかりやすく表現していて、著作した時点とはもうすっかり時刻表の内容、すなわち鉄道ダイヤ……どころか路線そのものがまったく変わっている今でも、読み物としての魅力は褪せることはありません。

なので乗り鉄旅ができない時は、その無聊を慰めるため(?)何度でも読み返してきました。ジャミロクワイいうところの「Travelling Without Moving」てやつですね。このタイトルのCDが出たとき、私は、すわジェイ・ケイも時刻表オタかと思ってしまいましたが、もちろんそうではなくて、地球は動いているのでそこに乗っている人は全員が旅人だという哲学的な(?)意味だそうです。でも一般的には、Travelling Without Movingと聞けば、アレによるトリップのことやろーと思ってしまいますよね(笑)。

形而下的飲酒に、形而上の価値をプラスする環境とは

と、それはともかく。清水晶著『楽しい時刻表』に、こんな一節があります。

私にとって旅の楽しみの第一歩は、列車に乗るとすぐ、だれはばからず昼日中から酒が飲めるという“解放感”にある。

いやいやいや、私の飲酒時代なら五百回くらい頷いていたでしょう。もっとも今は、時代の趨勢で「だれはばからず」ともいかなくなっていますが(参考「電車と酒は手に手をとって走ってる……はずだったけど、最近様相が変わってきた?」)。また現実問題、私のようにジジイになると頻尿問題が発生しますので、もし私が飲酒を続けていたとしてもおちおち飲んでられないという状況ではあります。

引き続き、清水さんは以下のように自説(?)を展開します。

(列車に)乗り込むとすぐに食堂車へ行って、ビールをぐっと一杯やる“解放感”と、夕方、暮れて行く窓外の景色を眺めながら、日本酒をチビリチビリやる風情がたまらない。

これもねー、思わず酒飲みたくなります(コラコラ)。今では食堂車というものは定期列車ではなくなってしまいましたが、暮れなずむ日本、移りゆく日本の景色を眺めながら酒を飲むという行為は魅惑的です。飲酒というきわめて形而下的な行為に、形而上的価値を付加するものとも言えます(大げさ)。

そして、このようなシチュエーションがつくり出す状況がもたらす恍惚に対して憧憬を抱くことが、アル中になる一つの要因かもしれません。私の文章力では上手く伝えられないのですが、ロマンチストだからアル中になるという側面は確かにあるのですよ。

ただしこれを逆に考えると、当然ながら、酒を飲んでないという状況がもたらす恍惚もあり、それはいつも書いていて申し訳ないですが「上級人類の自覚」です。そのようなことに「ロマンチック」な憧憬を持つことも、同じ文脈で捉えられるのではないかなと考える次第でございます。つまり、ロマンチストゆえにアル中になった人は、それゆえに断酒を継続しやすいと。勝手な理屈ですまんが。

原則として火曜日と金曜日の19時に更新しています。

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