酒やめて、2646日
幸せを追求しすぎると不幸になる!?
「禍福はあざなえる縄のごとし」という有名な言葉があります。『史記』のなかの一節だそうで(今、調べた)、要は、災いと不幸は表裏一体だということですね。
似たような理論(?)、あるいは似て非なるものなのかもしれませんが、「幸福を追求すると不幸になる」といったものもあります。詩人のアレン・ギンズバーグも似たようなことを言っていた(書いていた)気も。
ちなみにギンズバーグは村上春樹が翻訳したことでも有名で、小説の中にも出てきますよね。「政治の季節」を経験した世代からすれば、反抗と自由のアイコンであり、カリスマ的存在なのでしょう(ファンの方、ざっくりですみません)。
我々世代にしても、同世代のバンドであるザ・コレクターズが『明治通りをよこぎって』という曲の中で「ギンズバーグに夢中の頃」と歌っています。ただし、私のような低俗な人間からすれば、ギンズバーグよりも、同じく『明治通りをよこぎって』に出てくるストロベリーファームというカフェの方がより時代のアイコン性が高いのですが(参考「【お役立ち記事?】東京スイーツ屋さんものがたり」)。
それはともかく、「幸福を追求すると不幸になる」であります。これは、断酒er的的にもなかなか示唆的です。
若いうちはしかし、多くの人がそういう生き方を指向してしまうのでしょう。そしてこういう生き方は、ある意味酒と相性が良いと言えます(というか、悪き因縁で結ばれている?)。
「酒は喜びを倍にし、悲しみは半分にしてくれる」の嘘
一方で、「酒は喜びを倍にし、悲しみは半分にしてくれる」ともいいます。
でもまあ断酒er的に考えれば、それはまったくの嘘、ですよね。正確に言えば「酒は喜びを一時的に倍にし、悲しみを(一時的に忘れさせるかもしれないが)恒久化する」であります。
酒さんは人格をエモーショナルに魔改造しますので、その分、振れ幅が大きい人生になることは事実です。そして「幸福を追求すると不幸になる」というふうになりがちです。だと思います。
逆に、酒をやめてみると、おそらく性格がエモーショナルではなくなるからでしょう。非常に人生の振り幅が非常に小さくなるのです。正確に言えば、精神の振れ幅が小さくなるゆえに、人生の振れ幅ほ小さくすることが可能になります。理屈っぽくてすまんが。
先ほど、若いうちは多くの人が「幸福を追求すると不幸になる」という生き方を指向してしまうと記しましたが、加齢とともに、振れ幅が大きい人生はしんどくなるわけですよ。
したがって人間はある程度歳をとったら、酒をやめて感情の起伏も小さくし人生もだんだんシュリンクさせていくことが必要なのかなあ、と勝手ながら考える次第であります。
それこそ「イベンタブルよりもコンフォータブル」(参考「酒やめて幸せになるかどうかはわからないけど、人生、快適になるのは間違いないです」)を目指すのが、理にかなっているのかなあと。
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