酒やめて、1734日。
世の中、ジジイとは仕事したくないのですよ(悲)
ここのところ、死ぬまで働けの時代において飲酒習慣はどうなのよ、といった話を何度か書かせていただきました(参考「不本意にも生きさらばえてしまうのなら、酒抜きの人生設計を強引にやってみるのも一つの手かと」「社会保障が機能しない不透明な将来において、唯一頼りになるものといえば……」)。でも「死ぬまで働け」は、やっぱり辛いです。人間はある程度齢食ったら「働かない」が当たり前だと思います。昔は早死、そしてちょっと前までは十分な社会保障というものがあったのでそれができたのですね。
ところが今は長寿の上に社会保障が心もとなくなっている、そしてそれを是認するかのように、国が、老後は自分でなんとかしろ死ぬまで働け政策を次々と打ち出しているという状況です。
とまあそうしたときに、加齢というものはどうなのよ、ということです。つまり再就職にしてもアルバイト応募にしても、齢食ってると不利ですよね。私などは定収入皆無のフリーランスの身なので参考にならない部分もあるかもしれませんが、やっぱり加齢とともに仕事は減っていきます。そりゃそうです。若いディレクターなどからすりゃ、ジジイには頼みたくないですから。
これは逆に私が仕事を頼むケースでも同じです。やっぱり齢食ってる人には、よほど気ごころが知れている方でない限り、あまり頼みたくない。何故かというと、自分のやり方を変えないからです。こちらももう仕事の流れが出来上がっていて、それに単純に載せた方が一般的に見たら不合理だけれども結果的には合理的であるというケースって、まあよくあるじゃないですか。にも関わらず、自分を譲らず「〇〇さんはそういうやり方はしない」と業界大手の名前を挙げられたりすると鼻白んでしまいます。
もちろん、そうじゃないジジイもいっぱいいますが、一般的な傾向がそうである以上、齢取ってくると、そうした評価をされやすいということですよ。一般的にそう思われている以上、そうじゃない人でも仕事は尻つぼみになります。もちろん、能力の絶対値も低下していきますし、これまで仕事を発注してくれていた担当も偉くなったり、あるいはその逆だったりで現場を離れていきます。
「飲酒習慣」も低評価の一要因に!?
さて、実は飲酒習慣もそうなのではないか、というのがテーマであります。つまりこの加齢に対する評価に輪をかけて負の評価をもたらすのが飲酒習慣ではないかと思うのでありますよ。
「彼は酒を飲んでいるから仕事ができない」といった評価は、ここに来て、なされがちになっているようにも見えます。なぜなら飲酒習慣が、毎日飲む量は多くなくても、脳を劣化させることがもう科学的にも明らかになっているからです。そしてそれが広く知られるようになりました。いつも書いてますけれども、お前はアル中だから脳が萎縮してると人に指摘してはばからない輩も世の中にはいます(苦笑)。
いや、別に若いうちは飲酒習慣があろうがなかろうが、あまり関係ないと思うんですよ。ただしこれに加齢が「×」されると、やはり本人(が自己評価している)能力より下に評価される傾向は絶対にあります。彼はもう齢だししかも酒飲んでいるからね、というふうな評価をされがちであり、それは私の経験上でも明らかです。
で、怖いのはご本人がいくら俺はそうじゃないと言ったところで、それはアル中の否認――「あいつはアル中だけど俺はまだ大丈夫」と同じく周りの失笑を買うだけ……。いや、失笑されたり指摘されたりするならいいけれども、妖精さんのように黙ってお客さんが離れていくということですよね。
加齢×飲酒習慣の「×」の負のパワーはかなり強力です。そしてそれは死ぬまで働けのこのご時世とまったく合ってないということを言いたいのでありました。