「貧乏人は酒を飲め」の時代にいよいよ突入しつつありますね。逆説的に。

酒やめて、2096日。

今の日本人の多くは「ジン横丁」飲みなのだ!

喫煙と貧困の関係についてはよく知られていて、喫煙率と貧困率は比例しているとのことです。ただし、ここまでタバコが高価になってしまうと、もはや貧乏人にはタバコは吸えないという状況も現出していて、むしろ稼ぎのいい連中が吸っているような印象もあります。

酒については以前からそういう状況であり、富裕層の方が飲酒率が高いというデータもあるようです。

ただ、この辺については二つに分けて考えたほうがいいと思われます。ことさらに「考える」ことでもなく、我ながら暇ですが。

気を取り直して(?)考えてみると、それは「ビール街」的飲み方と「ジン横丁」的な飲み方に分化しているということですね。これはこのブログでもよく取り上げています(参考「人生を楽しむために飲む酒と、人生に絶望したがゆえに飲む酒。そしてストロングゼロがもたらした絶望の大衆化」)。

富裕層は人生に彩りをもたらすために、さらに人付き合いのために――たとえばワインに関する知識などをプロトコルとして人とつながるために(嫌みですねえ~)酒を飲みます。これが「ビール街」飲みです(むろん現在では直接のつながりが薄れ、その分、飲酒のプレゼンスが小さくなっているという局面もありますが)。

一方、「ジン横丁」飲みというのは、飲まなきゃ人生やってられないから飲むとことで、何もアル中、アル依に限ったものではありません。あー今日も一日よく働いた酒でも飲もうの飲み方は、明らかに「ジン横丁」です。ある種の貧困飲みですよね。そして貧乏になっている日本では、そうした飲み方が増えていると。

「ビール街」飲みをアピールする輩もいるけれども

飲酒習慣があると単に酒代がかさむだけではなく、このように「仕事と酒だけ」の何の発展性もない人生となり、長い目で見ると没落していくということですよね。ちょっと前の世代ならそれで逃げ切れたかもしれませんが、今はそうはいきません。

むろん飲みたい人は飲めばわけで、何も申し上げることはないのですが、断酒者が「実害」を食らうケースもあるので、あえて言わせていただきます。

つまり、酒をやめている人間に向かって「俺は飲める(人間だ)」とくだらないマウントをとってくる輩がいるのですよ。

で、滑稽なのは、客観的に見て明らかに、酒でも飲まなきゃやってられない「ジン横丁」飲みなのに、自分では「ビール街」飲みだと思っていて、いわく、情報交換~だとか、酒酌み交わすとわかりあえる~とか、訊いてもないのに説明してくれます。そしてこちらには、(酒飲めないと)つまらないだろ、とか言ってきます。面倒くさいです。

でもって、これはもう断言してもいいですけれども、そういう輩は自称適正飲酒者です。自分が酒を飲むに当たって問題ないことを殊さらにアピールするのです。何も問題ないと自分に言い聞かせたいから、わざわざ断酒者にそういうことを言ってくるのでしょうね。

断酒者的には、そういうときはこう言ってあげればいいんですよ。いや私の場合、状況的に飲んでる場合じゃないんで飲まないだけです。〇〇さんは飲めるんですね、ゆとりがあっていいですよねー、と。そうすると、〇〇さんはあまりゆとりがない、有体にいえば貧乏なので、皮肉が成立するというわけです(性格悪い)。

つまり断酒者理論では「貧乏人は酒を飲め」なのでありますよ(ますます持って性格悪い)。

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