「なんで酒飲まないの」と上から訊いてくる人間には、こう言ってやればいいんですよ(笑)。

酒やめて、1700日。

飲んでる場合じゃない人ほど飲んでいる!?

一昨日、飲んでないという優越感が断酒メソッドの一つになるといったようなことを書かせていただきました(参考「「アルコール依存症は病気か」問題と、断酒メソッドのあり方について深掘りしてみる」)。この優越感は私が断酒を始めた当初は、もしかしたら妄想の類だったのかもしれませんが、ここにきて、明らかに時代もそうなっていることを感じます。その詳細についてはこのブログでも何度も書かせていただいているので繰り返しませんが(参考「酒の地位一覧」の記事一覧)、社会構造や社会状況が、飲酒という行為にふさわしくなくなっているのは事実でしょう(逆かw)。であるから、これまたいつも書いているように、飲んでいい人間と飲んでる場合じゃない人間にわりにはっきり色分けされ、そして私の周囲を見るにつけ、飲んでる場合じゃないない人ほど飲んでいるという事実もあります(苦笑)。

むろん、飲まないことが人生上手くやっていくための必要条件だとは必ずしも言えないでしょうが、ただ「飲むこと」が人生を没落させる十分条件にはなっていくでしょう。少なくとも、そうした傾向は以前よりもずっと強くなっていると思われます。

まあでもだからといって、我々断酒者が飲んでる人に対してあれこれ言うことはもちろんありませんし、それこそ余計なお世話です。ただ一昨日も書いたように、「飲んでない」という(ひそかな)優越感をモチベーションにするくらいはいいでしょう。そして断酒者業界では……という語弊がありますが、少なくともこのブログ的には、飲まない=ホモサピエンス、飲んでいる=ネアンデルタールと定義しており、飲んでる人、とくに飲んでる場合じゃない人が飲んでいるのを見ながら、ああネアンデルタール人が飲んでわいと、これまたひそかに思っていればいい、と訴求(?)してきました。

「飲んでいる」でマウント取ろうとする人たち

が、中にはですねー、「飲んでいる」ということを正当化するために「俺は飲める(人種だ)」というふうに、断酒者に対してマウント取ってくる人間がいるんですね。

つまり、お前は飲めないけれども俺は飲める( -`д-´)キリッみたいなことです。で、飲む理由として、オンとオフガーとか、今ならオンラインでの情報交換ガー、とか言ってきます(確かに飲まないオンラインのコミュニケーションはなかなか辛いので「(飲みながら)オンライン情報交換」はありっちゃーありですが、酒飲みながらの情報交換は何の役にも立たないことは実体験上明らかです)。

とまあ、こうしたことは、飲んでいるのに上手くやっている(とご本人は思っている)、デキる自分をアピールしたいがためですよね。あるいは一抹の不安を感じているのかもしれません。それが断酒者への「(上から)なんで飲まないの」になるのです(と思います)。で、そこでカチンときたら、こう言ってやればいいんですよ。

いや、飲んでる時間がもったいないんで。

これは反撃の手段(?)でもあるのですが、もちろん自分に言い聞かせる言葉であることは、断酒されている方なら皆さん実感されていることと思います。

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