「断酒」は人生最高の手札になるという仮説。

酒やめて、1780日。

中田敦彦さんの「断酒やめた」はやっぱり残念だなあ(泣)

二個前のエントリーに、中田敦彦さんの「断酒やめた」について書かせていただきました(参考「中田敦彦さんの「断酒やめた」を、元アル中としてせつなく思う理由」)。思いのほかPVがアップしましたので、今回あざとくもその続きというか言い足りない部分を書いてみたいと思います。ただし、中田さんについてはほんの少しです。

まあしかし余計なお世話ながら、中田さんはあれだけ優秀な頭脳の持ち主なのにもったいないことですよ。このブログでも何度も書いていますが、飲酒は「毎日」になってしまうと、たとえ少量でも脳を毀損するからです。言ってみれば、高い心肺機能を持ったアスリートがタバコを吸うようなものではないかと思うわけです。

「あれだけ優秀な頭脳」と記しましたが、中田さんはインテリ芸人と評されます。東京学芸大附属中高→慶応経済という学歴もそうですし、以前からクイズ番組などでも活躍していましたが、なによりもご自身のYouTubeで、そのインテリぶりを存分に発揮されています。

つまり「インテリ」としての博識と知見と品のよさ、そして「芸人」としての知名度と話術で勝負しているのですよね。その「インテリ」の知見の細目として「断酒」があったわけです。こんな理屈っぽく語るまでもないですが。

さて、以前も書いたことありますが、高学歴というのは、とくに文系の場合、現在においてはそれだけではあまり意味を持たなくなっているようです。が、他の才能と組み合わされたとき、がぜんその威光を発揮します。ロザンの宇治原さんもそうですしカズレーザーさんもそうでしょうし、あるいは私の好きな真空ジェシカの二人も、そのあたりを今後押し出してくるかもしれません。

「断酒」カードがあれば、残りのカードがカスばかりでも……

とまあ、そのように人間というものは、そうした「手札」をいくつか持って、それを組み合わせながら人生を切り拓いていくのです(大げさ)。そして、断酒者に都合よく考えれば、「断酒」もまた手札になりえるのではないかということです。ですから私のように手持ちのカードがカスばかりのような人間にとっては非常にありがたい存在です。

昔だったら、「酒が飲める」がとくに営業マンにとって必須、つまりカードでしたが、一昨日書いたように、今ではもはや酒の潤滑油的な機能は失われています(参考「酒の潤滑油としての役割がどんどん失われ、最後に残ったのは「絶望」だった!」)。いわば「酒が飲める」と「断酒している」は、なんというか大貧民でいえば革命が起こり、「3」が最強のカードになった……みたいなものでしょう(たぶん)。

酒飲んでないと、長期的には脳が(加齢分以上には)劣化しないということがあるでしょうし、短期的にはいつもの清明な頭でいられる――仕事の効率も上がる。そして一番大きいのはやはり時間がわさわさ湧いてくる点で、人生が何倍にも使えるということです。そう考えると「断酒」は手札の一枚どころか、残りのカードがたとえカスであっても、その能力をアップさせてくれる、まさにジョーカー足りえるものだと、年の瀬に手前味噌ながら納得した次第でございます。

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