あなたの顔から生えているマタンゴ、他の人に見えてますよ!

酒やめて、1053日。

マタンゴ

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昔の仕事仲間に「しいたけ」というあだ名の人間がいました。実は彼は酒が原因で亡くなってしまったのだけれども、生前に「なんでしいたけなの?」と訊いてみたことがあります。すると彼はこう答えるわけです。いや、子どもの頃観た映画がトラウマでさあ、以来キノコの類が食べられなくなって、それで給食のしいたけを残したら、そこからこのあだ名になったんだよ、と。その映画ってもしかしたら……と私は思い、それから二人で映画名を唱和したのでした。

マタンゴ!

 怪奇映画『マタンゴ』とは?

『マタンゴ』とは、知ってる人は知りすぎている、知らない人はまったく知らないというカルト映画なのですが、要は海で遭難した男女7人が南洋の島に漂着し、その島に生えている禁断のキノコ、マタンゴを食べてしまったあげくマタンゴ怪人に変身してしまうという怪奇物語です。

原作はウィリアム・ホープ・ホジスンの『夜の声』で、人間の内側を風刺した傑作らしいのですが、映画もまた単なる怪奇物という枠を超え高く評価されているそうです。

さて私は、しいたけくん同様、子どもの頃にこの『マタンゴ』を観たのですが、それほどトラウマにはなりませんでした。というのは、そのマタンゴ怪人なるものがあまりにもポップでファニーで、まったくおどろおどろしくなかったからです。ですから逆に、今のSFX技術を駆使して本気のマタンゴをつくれば、これはかなり上級のホラー怪奇映画になるんではないかと思います。ハリウッドのオタク監督の誰かがやってくれないでしょうか。また、あの映画を観て食べられなくなるのは椎茸などのキノコではなく、むしろカリフラワーのような気もするのですが……。

さて、物語は【以下、ネタバレです】一人だけマタンゴを食べずに日本に生還した青年(久保明演)がモノローグするかたちで進行します。南洋の島でキノコ怪人に変身など、そんなバカな話があるものかということで精神病院の独房に入れられているのですが、ラストで振り返った青年の顔にはマタンゴが生えていた、だから南の島で起こったことも真実だったことがわかる仕掛けになっています。そして怖いといえば、このシーンが一番怖いです。【以上、ネタバレです】

マタンゴになってしまう幸せもまたある?

で、ですね。その青年は言うわけですよ。僕はあの島でマタンゴを食べマタンゴになって暮らしていたほうがよほど幸せだったかもしれないーー。

これは、私はなんだかすごくよくわかるのです。つまりマタンゴ怪人はアル中なわけですね。で、マタンゴ=アル中であることが許される環境のなかで、マタンゴ=アル中でいることは、ある意味、非常に幸せなんですよ。生還した青年が言うように。

たとえば昔の役人は55歳で退職して、退職と同時に恩給が出ていました。それまでに多くの人は子どもを独立させ家も構えていたので、まさにマタンゴになる自由を得ていたといえます。お父さんしょうがないわね朝から飲んでと言われながら、マタンゴライフを堪能していたのです。そして皮肉な見方をすれば、酒で早死にすれば、国家に医療費迷惑もかけなかった。まさにWINWINWINのマタンゴ幸せ物語ではありました。

私もマタンゴ=アル中だったのですが、ずっとマタンゴでいられる状況ではない、マタンゴになれる身分じゃない。そのことに気づいたんですね。南の島なんてどこにもなかった。嫌でも社会復帰し、今の日本で暮らしていかなければいけない。だから酒を止めようという決断に至ったわけです。

それでですね、アルコール依存症には程度の差があり、俺はまだ大丈夫だと思っている人も多いと思います。とくに依存症は否認の病気などと言われ、俺はあいつとは違う俺はそんなに飲んでない俺はまだ大丈夫という人がとても多いんだそうです。自分がマタンゴになっていることを認めたくない人間です。でもそういう人たちだって、もうすでに顔からマタンゴが生えてるわけですよ。そのマタンゴは、社会の中ではっきり認識されます。ちょうど映画『マタンゴ』のラストシーンのように。

だから、俺はまだマタンゴになってないという主張もまったく意味がないです(笑)。あなたの額のマタンゴ、他の人に見えてますよってことです。

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