人恋しいから酒を飲みたくなるのか、酒飲むから人恋しくなるのか。

酒やめて、1852日。

飲む相手は基本、誰でもいいのだ

一昨日、「寂しいから酒を飲むのか、酒が寂しさを連れてくるのか」という記事を書かせていただきました。この「孤独と酒」あるいは「人付き合いと酒」は、断酒ブログとしてもやはり一つの大きなテーマになると思いますので、ちょっと深堀りさせていただきます。

私の好きな紀行作家の宮脇俊三さん(故人)が常々主張していたことに、鉄道に乗って旅をする時は一人がいいけれども、夜になると飲み相手が欲しくなる、というものがあります。乗り鉄するときは、とくに宮脇先生の場合、時刻表を相棒にして旅をするスタイルでしたから、そりゃ一人の方が良いでしょう。でも夜になって酒を飲むときは相手がほしい。昼はいなくて夜現われる、そんな相手がいれば、というのが先生の理想ではありました。

むろん一人飲みも楽しいちゃ楽しいし、一概には言えないのですが、ただおおざっぱに言うと、誰かがいたほうが酒飲むときは楽しいということはあるでしょう。

私の飲酒時代にしたところで、飲むのは多くの場合、立ち飲み屋でしたが、立ち飲み屋というのは一人で行ってもお店にいる客同士の交流が結構ありますので、それが楽しかったのです。

実はそのことは象徴的だと思うのですね。つまり酒を飲んでいるときの交流はまあ誰でもいい。立ち飲み屋で隣にいるオヤジでもいいのです。

逆に本当に気の合う人間なら、別に酒を飲まなくても楽しいです。私なども断酒友とファミレスでパフェ食べながら何時間でも話すこともありますし、大学時代からのサーフィン仲間も酒飲まないので、先だってもやはりファミレスパフェ&ドリンクバーで話しこんだりしました。どちらのケースもおっさん二人で、ですね(苦笑)。さらに昔からの友人は、今ではリタイア間近で飲む連中と飲まない連中(現役時代は飲まざるを得なかったといいます)が分かれていますけれども、別にそれらが「混ざっても」楽しく過ごせたりします。

だから酒がないと間がもたないのは、それほど濃くない人間関係ですよね。典型は「義理の父」だったりかするのでしょうか(笑)。仕事上の飲み会でも、私などはタダ酒飲んでりゃよかったので、あまり気にならなかったですね。でも割り勘で仕事の飲み会はマジ馬鹿馬鹿しいとは思います(参考「会費制飲み会で、もれなく説教までついてくるなんて、こんな理不尽なことはないですよ(怒)」)。

酒はやっぱり意思を持ってますよ!

こういうふうに考察(?)を進めると、いまさらですが酒を飲みながらの付き合いというものは、酒が主で相手が従になりがちなことがわかります。「人」はエッセンスなわけですよ。

で、エッセンスが欲しくなる、という状態が、「酒飲むと人恋しくなる」でしょう。

ここが、ですね、酒さんの生存戦略として非常に巧妙だと思うのです。と、話が前後しましたか私は酒は意思を持っていると思ってます。

これも以前に書いたことがありますが、酒はトキソプラズマのように人の脳を変えるのですね(参考「アルコールとトキソプラズマの「支配」は同じだという件」)。人間関係ということについていえば、酒を通じた人付き合いこそが至高であり、それには酒が必要やろうと思い込ませるわけですよ。このマッチポンプがやっぱり怖いところです。よくいる「酒飲まないと、人付き合いを通じてインプットできないだろ~」と主張する輩も、この酒の戦略にとらわれている、と言っていいと思います。

で、エラソーで申し訳ないのですが、自分が人付き合いに何を求めるかということを見極めるために、いったん酒をやめてみるというのも、今度は人間様のほうの戦略になると思いますねー。

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