酒飲んで毎日を「イベント」化していると、非日常のありがたさに気づかなくなるという話。

酒やめて、2602日

人生は、地味な日常とたまの非日常でバランスが取れる!?

ちょっと前に「酒飲んで毎日イベンタブルに過ごしていると、リアルイベントが遠のいてしまうよね、という話」といった話を書かせていただきました。ほんとにねー、飲酒で毎日をイベント化していると、それ以外の「イベント」がなーんもできなくなっちゃうということはありますよ。逆に酒やめると体験に貪欲になるという側面もあります。

実は先々週、一週間ほど青春18きっぷの乗り鉄旅をしてきたのですが、やっぱり旅という非日常を日常にときどき挟み込むのは、単に楽しみといったことを超えて、心の状態をよくするためにも必要だなあと、あらためて実感した次第です。

まさに「♪枕木ひとつずつ自由になる」であります。いやしかし、ユーミンはよくぞこんなフレーズ思いつくもんだ。こういうのを天才の所業というのでしょうね。

ともあれ私の場合、日常がヒジョーに地味なので、たまの旅という非日常が際立つというか、その効用もひときわ大きいように感じています。

考えてみれば、多くの人の人生は、このような地味な日常+たまの非日常で成り立っているのではないでしょうか。

でもってタイトル通り、それを阻害するのが酒さんという存在でありまして。毎日、酒飲んでひゃっほーな心持ちでイベンタブルに過ごしていると、ホンモノの非日常の実践、すなわち旅などに出る時間も経済力もエネルギーもなくなってしまうし、またたとえ旅に出たにしても、その旅は、酒の記憶しかないものになる。私なんか飲んでいた時代は「旅飲み」だか言って、青春18の時期は各駅停車で名古屋まで行き、名古屋駅のプラットフォームに昔あった立ち飲み屋で飲んで帰ってきたりしていましたからね。阿呆の極みですわ。

むろん道中、飲みまくりでした。ただし今は、車内で飲むこと自体が白い眼で見られるようになっているし、また加齢によるトイレ近問題を考えたとき、社会的、身体的双方の面で、とても酒飲んでいては乗り鉄飲み鉄なんてできそうもありません。

酒による体験レスの被害者は自分だけじゃない

その一方で「俺はもう一生、旅なんてしないだろうな」と言いつつ、毎日飲んでいる人も知っています。まあその人もジジイなので、それもまた一つの定見なのかもしれません。というのは、私も含めてですが、旅で得られる知見などが仕事に生きる年齢でもないので。

ただ、そうはいっても、経験レスで人生終わってしまうのはあまりにも寂しいし、やっぱり酒やめたからにはいろいろ体験してみたい。繰り返しますが、体験に対して貪欲になります。今までが体験レス過ぎましたから(悲)。

でもってこの効用は、当然ながら若い人はもっとであり、若いうちに酒やめて体験を重ねて知見を深めれば、それを仕事に生かすことができますもんね。いやいやいや、それよりも何よりも、以前も書いていますが、父親母親の酒による体験レスは、子どもの体験レスにつながるというのがやっぱり一番怖いということですよね。私の場合は手遅れですが(悲)。

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