忠臣蔵の真相と、酒が人生におよぼす影響の共通点について考えてみた!

酒やめて、1043日。

国芳 討ち入り

歌川国芳「義士討ち入りの図」。https://ja.ukiyo-e.org/image/honolulu/7403(ホノルル美術館所蔵)

明日12月14日は、討ち入りの日です。最近ではそうでもないけれども、私が子どもの頃は、この時期のテレビは忠臣蔵忠臣蔵忠臣蔵で、もう飽き飽きしてしまった記憶があります。

なぜ浅野内匠頭は吉良上野介に斬りかかったのか

ちなみに忠臣蔵という演目は、江戸時代から歌舞伎のキラーコンテンツだったそうで、「独参湯」と言われていたといいます。つまり万病に効く特効薬で、経営不振の歌舞伎小屋も、これを服用すれば立ち直るというわけです。

その忠臣蔵ですが、歌舞伎で全幕上演することは珍しく、一幕だけ見る楽しみ方もあります。コンテンツとして完結していないものを観るわけです。現代人の感覚でいえば、たとえば「祇園一力茶屋の大星由良の介」(=おっさん飲んだくれの図、ですね)だけ観てどこがおもしろいんじゃい? と、非常に疑問ではありますが。

さて、この忠臣蔵というか現実の赤穂事件には、大きな謎があるとされます。そもそもなぜ、浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかったのか。忠臣蔵という物語では、“悪役”の吉良上野介が饗応ノウハウを教えない、あるいは嘘を教えるなど、浅野内匠頭にいろいろハラスメントしたとなっていますが、しかしそれで内匠頭が失敗したら、そのまま指導係の吉良の責任になるわけで、これは普通に考えてもおかしいのです。

浅野内匠頭の「痞」イコール現代人の「酒」と考えればわかりやすい

現在有力とされる説は、浅野内匠頭が「痞」という統合失調症状態にあり(先日放送されたNHKの『偉人たちの健康診断』では、神経性胃炎となっていました)、衝動的に犯行に及んだというものです。

ただ「殿中抜刀」は、理由のいかんを問わず切腹お家断絶です。だから統合失調症であったことと結果はあまり関係ない……と思われ勝ちですが、そうではないと、井沢元彦さんなどは論じています。以下、主に「井沢説」によります。

今だと、病気などで心身衰弱状態にあると、一般的には罪が減じられます。これは江戸時代も同様だったようです。もちろん「殿中抜刀」は重罪中の重罪ですから、病気のことは考慮されないのですが、ただ、もしそれが考慮されたら、お家断絶の裁定は出たけれども、内匠頭の弟による「お家再興」は成ったのではないか、と大石内蔵助は考えた、という説です。こういうかたちの「罪一等減ず」もあるのではないか、と。しかしそれが叶わなそうなので、「よーし、だったら喧嘩両成敗だ! そーゆーことにしたろやないか」で、半ば自棄&確信犯的に討ち入りにおよんだ……。

えーとすみません、忠臣蔵にはさまざまな説があり、ネット上でも多くの方が卓越な検証をなされているので、私のような者が物申すのも、それこそ「片腹痛くて脂肪肝」(アル中者の自虐フレーズ)なのですが、歴史ブログではなく断酒ブログなので、そのあたりはあまりこだわらずざっくりと話を進めさせていただきます。

で、ですね。実はアルコールも同じなのですよ、ということを断酒ブログとしては言いたいのであります。今、泥酔しての犯行は、むろん飲酒運転は別ですが、罪が軽くなるケースも多い。しかしこれは当然ながら酔っている時だけです。アル中者が酔ってない時には適用されません。

しかしながらアル中者、アル依者は、酔ってない時でも、物理的に脳が萎縮している可能性がありますし、そうでなくてもこのブログでも書き連ねているように、酔ったときに考えたことをベースに行動していたりするわけです。で、それを「普段のあなた」として世間は認定する。ちょうど、浅野内匠頭が「痞」という持病があったのにも関わらず「正気での犯行」とみなされ、切腹お家断絶は当然にせよ、お家再興まで潰されてしまったように――繰り返しますが、もし「痞」が考慮されたら、お家再興の目はあった。少なくとも大石内蔵助はそう確信していたのです。

そう考えていくと、酒を飲む、脳が酒に支配されるということは、社会的にものすごーく割りに合わないことがわかります。「酒で身上潰す」は「健康を失う」「財産を失う」「人間関係を失う」だけじゃなく、「間違った人格認定され、それを基準にすべてを判断される」ということなんですねー。浅野内匠頭ケースでは、それで歴史まで変わってしまった。まったくこわいです。

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