未来のために酒やめよう一覧

モーレツからビューティフルへ。そして一周回ってまたモーレツの時代になってしまった。酒飲んでいて大丈夫だろうか。

酒やめて1482日。最近、というか数年前からSNSなどで忙しさ自慢をする人が増えているといいます。そしてこれは、アメリカのパワーエリートなどに顕著に見られる傾向だそうです。忙しいほどステイタスというわけです。自分の価値が社会で認められている証拠でもあるのでしょう。しかしなんかムカつきますねー。

生きていくそのこと自体が自己責任の世の中。酒飲んでいてはとても渡っていけません。

酒やめて1480日。先日、知人からアマゾンプライムやめたいんだけどどうしたらいいのというメールがありました。確かにアマゾンプライムは、なかなかやめられないという印象があります。一時は、アマゾン組を抜けるにはエンコ詰めしなければいけないなんて冗談もあったくらいで。

個人的事情で始めた断酒だけれども、社会的事情でも続けなければいけなくなった件。

酒やめて1462日。今日で断酒4年、そして5年目に突入です。いやいやいや感慨無量ではあります。しかし4年前の今日のことをやはりどうしても思い出してしまいますよ。その辺のことはいろいろ書かせていただいているので繰り返しませんが、ただその時、その頃のことを思うと一番ぴったりくる言葉があります。「ぐちゃぐちゃ」です。

「探究」する姿勢が大切だというけれども、飲酒を続けているとそのもとになる知的好奇心がなくなってしまうのが問題だよねという話。

酒やめて1438日。今、教育の現場では探究学習というものがクローズアップされています。簡単に言うと、自分の好奇心に基づき一つのテーマを調べ考察していくことで、思考力や表現力を養うといったものです。

「失敗する前に考える」「他者に学ぶ」姿勢の必要性がかつてないほど高まってる時代。でも酒飲んでるとそれができないんですよねー(苦笑)。

酒やめて1390日。「病気した後出る知恵、今出せ」といった格言(?)があります。海に行く途中の田舎道の脇に、そのように記した一本柱状の看板が立っていて印象付けられるのですが、今、ネットで調べてみてもヒットしないので、普遍的なものではなく、その自治体だかどこかの団体のオリジナルなのかもしれません。

明石散人氏がバブル崩壊直後に提唱した「風呂おけ理論」。その真逆のことが今、日本に対して行われようとしているという妄想(笑)。

酒やめて1388日。今日も一作日の続きというか、日本における失われた30年とグローバル化ということについて私の考えを述べさせていただきたいと思います。もちろん飲酒、断酒も絡めてですが。これは一昨日書いたこと以上に妄想の類なのかもしれません。

【朗報?】ついに断酒と人生好転の因果メカニズムが明らかになったぞ(たぶん)!

酒やめて1319日。いやー暇です。コロナ発生直後に一度仕事が動かなくなり、その後、一応は復活しましたが、ここにきてレギュラーの仕事が一本完全に飛んでしまい、ぽっかり時間が空いております。まあ今回のコロナでは、定収入皆無のフリーランスの人間は、コロナに負けない実力者とコロナの影響をもろにかぶってしまった私のような者と二分されているのかもしれません。

断酒による体質変化は、温暖化へ向かう地球環境に対する適者生存なのかもという新(珍)理論。

酒やめて1253日。断酒してからも、必要があれば飲み会に行くときがあります。でもまあわりとすぐに飽きてしまいますね。楽しいメンバーだったら楽しいのですが、それでもそんなにダラダラと一緒にいたくはありません。もう一つ気付くことがありまして、それは「寒い」ということです。

「愚者は経験に学ぶ」というけれども、経験だけからのみ学びを得ていたら、人生それで終わってしまうのだという元アル中としての「経験」。

酒やめて1213日。「愚者は経験に学ぶ」と言われます。「賢者は歴史に学ぶ」と対比になっている言葉ですね。まあぶっちゃけて意訳すれば、痛い目に遭うまでわからないということでしょうか(笑)。もちろん私もそうだったのですが、うちの子を見ていてもすごくよくわかりますよ。生き方のスタンスが「パパの言うことを聞いたら負けだと思っているキリッ」ですから、何を言っても馬耳東風です。

アディクトするものがあると、いつまでたっても自立できないよという当たり前の話。

酒やめて1208日。クリティカルシンキングという言葉を最近よく聞きます。批判的精神と訳されるようですが、もうちょっと意味合いが広くて、要は自分の頭で考えようよってことですよね。教育現場でよく使われたりします。なぜ教育現場で使われるかというと、そういうものを有することがこれからの世の中で大切になるから、という理屈です。