飲酒はダサい?一覧

「なんで酒飲まないの」と上から訊いてくる人間には、こう言ってやればいいんですよ(笑)。

酒やめて1700日。一昨日、飲んでいないという優越感が断酒メソッドの一つになるといったことを書かせていただきました。この優越感は私が断酒を始めた当初は、もしかしたら妄想の類だったのかもしれませんが、ここにきて、明らかに時代もそうなっていることを感じます。

「アルコール依存症は病気か」問題と、断酒メソッドのあり方について深掘りしてみる。

酒やめて1698日。前回、「「アル中」ははたしてポリコレの対象になるのかならないのか。これは病気か否かということでもあり、断酒メソッドにも関わる問題です」といったことを書かせていただきました。要はアル中(アルコール依存症)が病気か否かで断酒メソッドも異なってくるのではないかという仮説です。

毎日晩酌する人を「昭和的にダサい」と規定し見下す(?)ことで、断酒はしやすくなるよという話。

酒やめて1622日。ちょっと前に書いた「しつこいようですが、「断酒」と「時代」は切り離して考えられないことを確認しておきます」という記事に関して、Twitter上で私が勝手に断酒仲間と認定させていただいてる「MJ@断酒で人生好転中!さん」がツイートしてくれました。

しつこいようですが、「断酒」と「時代」は切り離して考えられないことを確認しておきます。

酒やめて1618日。昨日もちらと書かせていただきましたが、やっぱり時代ということと酒をやめるということは切り離しては考えられないです。このことは禁煙(なぜか断煙とは言わない)のことを考えると分かりやすいと思います。

「他者に理不尽な恐怖を与える」ことを「旧弊」とするならば、飲酒行為もまた旧弊であり、まったくもってスマートじゃないよねという話。

酒やめて1450日。一昨日、「敵軍――酒造会社が「スマート」という言葉を使い始めた存外に大きな意味」という記事を書かせていただきました。酒メーカーであるところのアサヒビールが「スマートドリンキング(宣言)」なるものを出したのは、逆説的に「飲酒行為はスマートじゃない」と認定されたに等しいということですね。

人間の価値観なんてパッと変わる。「飲酒」についてももうすぐかもしれませんよーっ!?

酒やめて1420日。人類の歴史には人々の価値観がパッと変わる瞬間があって、日本史の場合「生類憐みの令」が一つの例として有名です。従来は、天下の悪法と言われていた生類憐みの令ですが、ただ、これをきっかけに戦国の遺風が残る、辻斬りなどが当たり前のような世の中から、虫いっぴき殺しても罪が問われる平和な世の中になったという再評価もあるようです(井沢元彦氏の著作による)。

アル中、あるいはアルコール依存症と「アルカス」との複雑な関係。

酒やめて1311日。パチンカスという言葉というか属性があって、要はパチンコ中毒のあまり自分の人生を壊すのはもちろん他人にまで不幸を負わせるような人のことです。その典型はパチンコ屋駐車場のクルマに子どもを閉じ込めたまま放置する親ということになるでしょう。

ホワイトニングのお手軽化が端的に示す社会の変容のなか、飲酒習慣ってどうなのよ、という話。

酒やめて1283日。行動ターゲティング広告というのでしょうか、その人の属性に合わせて広告が次々と現われるという趣向(?)で、げに恐ろしきはネット社会ってやつですが、そんなわけで私のスマホやPCにはやたら歯のホワイトニングに関する広告が出現します(笑)。

世の中が女性化、ソフト化していくなかで、頑固ジジイのアイコンである酒も居場所が小さくなっていくような。

酒やめて1248日。女性の時代なんてことが言われます。実は私が新入社員だったバブルちょい手前ぐらいの時代にも、そんなことが言われていました。女性ターゲットマーケティングなんていう言葉も流行っていましたし、「今、どれぐらい、『女の時代』なのかな。」なんていう広告コピーもありましたね。

反面教師の存在が、断酒と断酒継続にかなりのインパクトを持つという話。

酒やめて1210日。私が酒をやめることができた、そして断酒を続けられてる理由の一つに「反面教師」の存在があります。私にとっての反面教師とは、人からお金を借りて飲む人です。あるいは飲み会などでお金を払わない人です。要は「たかり酒」というやつです。