酒やめて、3267日

アンソニー・ホプキンスさんが「50年」だそうですが……
新年早々ちょっと面白いというか示唆に富んだ出来事がありましたので、紹介させてください。例によって私の性格の悪さを吐露してしまうようでもあるのですが。
断酒erの方ならご存じの方も多いかと思いますが、米俳優のアンソニー・ホプキンスさんが断酒50周年を達成したということで話題になりました。
そのニュースを見た、仕事上で付き合いのある輩から、「(アンソニー・ホプキンスさんは50年だが)貴殿は10年かそこいらでしょう。まだまだ」といったLINEをもらったのです。新年早々。暇ですね。
突っ込みどころ満載であり、当然ながら「まだまだ」と言われてもあと50年も生きられねえよということがありますが、とりあえずそこは措いといて。
まあ、このようなことをいちいち言ってくるのがこの人の宿痾というべきものであり、迷惑を被っている人多数なのではありますが、そこも措いておいたとしても、彼は飲酒者です。いわゆる、金のないおっさんです。そしていつも、金ねえ金ねえと言いながら(このような口癖がさらなる貧乏を呼び込むらしいですが)、昨日は日高屋で定食とレモンチューハイということを律儀に報告してきたりしているそうです。
誰に報告かというと、やはり仕事仲間の友人なのですが、この友人には、借金も申し込んできたそうで、友人は、外で酒飲む金はあるんかいっと呆れてましたが、この辺のところは以前、紹介させていただいております(参考「飲酒行為は、人生を「寓話」仕立てにしてしまう!?」)。
そう、酒を飲んだなどと広言しながら借金を申し込むのは、通常の感覚から言えばストレンジであるのですが、それがわからないのが酒飲みの常でもあります。
「酒を飲む自分が自分」が引き起こす喜劇と悲劇
私に「まだまだ」と言ってきた今回の事件(?)も同じですよね。自分がお酒を飲んでいるのに、他者の断酒の年数を比べて評価する。その辺のストレンジさに気づかない。これが飲酒者というところの者です。というのは、私も飲酒時代を振り返ると確かにそうだったからです。むろん断酒している人に対して長いの短いのみたいな指摘はしませんでしたが、自分のことをいったん棚に上げて、他者の飲酒を評価するみたいな思考回路は確かにあったと思います。
いや、自分が酒を飲んでいることを「棚に上げて」というのともちょっと違いますね。酒を飲んでいる自分が自分そのものなので、もう一体化しているわけです。だからこそ、他者の断酒状況や飲酒状況にあれこれ言える。
でも繰り返しますが、これって、客観的に見てどう考えてもおかしい。私などもよくありますが、メガネを自分のおでこに載せてメガネを探す、みたいな感じでしょうか。端から見ると奇妙な行動だけれども自分ではそれがわからない。その辺が、喜劇的であり、本人にとっては悲劇的です。
とまあ、このようなエピソードからもわかるように、そうした悲喜劇を引き起こす酒というのは本当に恐ろしいものだといういつもの結論になってしまいますが、むろん真実でもあります。
原則として火曜日と金曜日の19時に更新しています。
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