「独立独歩」がサバイバル要件の社会構造のなか、酒とストレスで消耗していたらかなりやばいよね、という話。

酒やめて、2036日。

集団帰属がサバイバルを保障してくれない社会構造に

またぞろ、人類は脱集団生活という歴史的転換点を迎えている! といった話で恐縮なのですが、ではどこへ向かうかというと、やはり独立独歩ということになりますよね。だから協調性よりも自主性、自分の頭で考え行動することが求められる……というよりもそうせざるを得ない社会構造になっています。

逆に言えば、もはや社会にも組織にもディベンドできないってことですよ。自主性を重んじる、自主性を発揮するなんていうと、いかにもポジティブですが、それがサバイバル要件になっていることが昨今の社会構造の怖いところでございます。ぶっちゃけ政府の施策も、現役世代に対しては「(将来の備えは)自分でなんとかせえ!」ですし。

ともあれ、人類は農耕を始めそれに伴い集団生活を始め、そして集団に所属することがサバイバルを保障してくれる――という生活を1万年も続けてきました。でも今は、そしてこれからは、集団に属していてもあまり見返りがない時代です。

集団とストレスと酒は手に手を取って、これまで歩んできたけれど

で、集団のともにあったのが酒であり、それはコミュニケーションの円滑化ということもよく語られますけれども、集団でいることによって発生するストレスの解消という機能もあったと思います。そりゃ昔は、ストレス解消のために酒を飲むなんて贅沢だったのでしょうけど、時代が下るにつれ、その機能が大きくなった。

そもそもストレスなんてのは、対人関係から生じるものが一番多いでしょうから、集団生活とストレスと酒は、手に手を取って人類と接してきたわけですよね。

ところが、ここにきて独立独歩がサバイバル要件になっている。そうした局面では、自分の脳の能力を最大限に発揮させることが必要。で、これを毀損するのが、ストレスと酒のコンボであります。

裏を返せば、たとえ今、組織に属していたにせよ、意図的にその集団と距離を置き、精神的に独立独歩するとストレス要因も減り、酒でストレスを解消する必要もないので酒も遠ざけることができる、という結果にもなるのではないかと考えます。

私などの場合、フリーランスでやってきて、アル中になったのは確実にフリーランスで自由があったからだと思います。でも逆にいうと、エラソーですみませんが、独立独歩系の考え方が身に付いているので、一度やめようと思うと集団生活によるストレスがない分だけやめやすかったのかもしれないなと感じています。

ともあれ、組織に属している属していないに関わらず、精神的に独立独歩することが酒を遠ざけることでもあり、また酒を遠ざければ、自分で考えるということが人生のなかで大きなプレゼンスを持つようになるので、精神的に独立独歩できる。

で、断酒者の身勝手理屈かもしれませんが、そういう人が、これからの時代をサバイバルできる、と。

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