ジェントルになっていく世の中で、酒ってどうなのよ、という話。

酒やめて、1782日。

「必ず頭を割られて血を流すだろう」ですと!?

ちょっと前に、安倍元首相の台湾有事についての発言をめぐって中国が声高に批判しました(参照「中国、安倍氏の台湾発言に抗議」)。記事にありますが「必ず頭を割られて血を流すだろう」という暴力団みたいな、あるいは未知やすえさん(@吉本新喜劇)みたいな言葉で、です。

思うのですが、国際政治においてこうした居丈高な言葉を使うのは中国と北朝鮮と韓国以外にないですよ。韓国の場合は日本に対してだけ、かもしれませんが。

もちろん国際政治ですから、いろいろ利害がぶつかることもあるでしょうし、意図的に強いコメントを出すことも当然あるでしょう。ただし批判するにしても「血を流す」みたいな言葉が出てくる、というのはこの三カ国以外ないと思われます。日本のメディアはトランプさんのことを「下品だ」「下品だ」と揶揄していましたが、トランプさんは絶対にこんな言葉は使いません。

理由はもちろんそれが国際政治のマナープロトコールだからであって、そんなもの言いをしても逆効果だというのが「グローバルスタンダード」ですよね。幕末のペリーのガンボート外交が威嚇的だったとされますが、しかしそのペリーさんでさえ「ドアタマかち~んと割ったるで」などとは言ってません。

ただ、中国がこういう言葉を使うのはそれなりに効果があると思っているのでしょうね。この辺は儒教文化などとも絡んでくるのかもしれませんが、まったく不思議なことです。

感情よりもロジックですよ

さて国際政治ではそうですが、日本の一般社会においては、老害と呼ばれる人たちを中心に、このように品のない大きな声を上げれば相手が黙ると思っている方々がいます。実際、私の仕事関係でも、意見を言うと「それは違う!」と大声を出す人は確かに存在していますから。

ただしそれが効果的かというと、確かにそういう時代もあったのでしょうが、今はその効力(?)は急速に失われています。国際政治の間で先行していたセオリーが一般社会にも浸透してきていると言っていいかもしれません。下品なコミュニケーションで相手を威嚇するのは失われつつある文化でありメソッドです。

これはネットはじめICT化、AI化の浸透も関係あると思います。コンピュータ相手に大声出しても始まらないですから。

今や人々の頭が、声の大きさよりもロジックを優先する、いわば「電脳化」しています。その電脳頭脳が中国の発言や、そして遅まきながらここからが本題なのですが、酒によって大きな声を上げる人に激しい拒否感を覚えるという構造になっているのではないでしょうか。

世の中、感情よりもロジック、その結果としてジェントルな世界になりつつあり、そうした中で感情を増幅させる酒ってどうなのよ、と年の瀬に考えてしまった次第であります。

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