酒やめて、2228日。
酒飲んでると、酒によるコミュニケーションを過信してしまうのだった!
一昨日、「「俺は飲酒をコントロールできている( ー`дー´)キリッ」が飲んでいい理由にならない理由」という話を書かせていただきました。要は「次」に行くために、酒は超絶邪魔になるということですよね。でもって、ふと考えました。これを飲酒時代の自分が読んだらどう思うだろう――。
んなことあるかいっ。酒だって新規仕事に開拓の立派な武器になるじゃないかっ。愚かにもそう思ったことでしょう。つまり「酒でも一緒に飲んで仕事をもらおう大作戦」です。
ただ実際には、それをやっていたこともある……というか、始終やっておりましたけれども、今思えばあまり上手くいかなかったような。一杯飲んで、あーおけおけ仕事出す出すという言質を取ったつもりが、まったく仕事が出てこないみたいなこともたびたびありました。相手にしたところで、そもそも私に出してくれるような(私でもできる)仕事を抱えているかどうかもわからないのに、とりあえず飲もうと誘えば出てきますからねー。
だから「酒でも一緒に飲んで仕事をもらおう大作戦」は超絶効率悪いです。仕事の発注に結びつくのは、やはりきちっと企画書を書いて、新規の場合は自分のポートフォリオをしっかりつくって提出する方法です。て、当たり前ですよね。普通の人は普通にやっていることです。
が、飲んでいると、酒によるコミュニケーションを過信するあまり、そんなことにも気づけない、いわゆるレガードになってしまうのですよ。ホントに。
しかも、であります。なんの努力も必要としないのです。酒によるコミュニケーションは。確かに効率は悪いけど努力もない。ということは、そこに成長もないです。エラソーですまんけど。
以前でさえ無力だったのに、いわんや今の時代においてをや!
さらに、ですよ、以前「酒に溺れると、破滅に至るまでの「前段階」があるからむしろ怖いんですよという話」といった話を書きましたけれども、仕事をもらおうと思って取引先の会社に行って、ディレクターの立場にある人間に飲ましたりしていたところ、やがて自分がその会社にたかり酒するようになるのもままあるケースです。みっともない話であります。
そして個人的には、今続いてるお客さんの担当者というのは案外酒飲まない人が多かったりするのですね。偶然かもしれませんが、酒の上での約束なんてあてにならんことの証左でもあるでしょう。
ともあれ、酒がある程度社会の潤滑油になっていた時代でさえ「酒でも一緒に飲んで仕事をもらおう大作戦」は効率悪かったのに、今はすべての行為がICTベースであり、そこでは作業量と清明な頭が必要とされるので、ますます時代遅れになっています。これも当たり前ですが。
繰り返しますが酒によるコミュニケーションは、仕事をもらうという点においても無力で、それに過大な期待をしていた、それさえあれば何とかなると思っていたところに飲酒者の愚かさがあるわけで、酒やめて、そこに遅まきながらやっと気づいた次第でありますという話をさせていただきました。
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