断酒のおトク感は半端じゃないよねという話、再び。

酒やめて、2006日。

evaluation

「ヤンキーの更生」については賛否両論ありますが

「更生したヤンキー問題」というものがネット上に根強くありまして、つまり、昔やんちゃやってた人が今は立派にやってます、みたいなことが美談として捉えられるのはおかしいんじゃね、という「問題」です。

これって千代大海が大関になったときに顕在化(?)したようにも覚えていますが、あのとき、やんちゃだったけど実は心根が優しい子でしたみたいなお決まりのコメントが噴出し、それが当時の(今もだけど)メディアのドラマツルギーにぴったりだったのでしょう、さかんに美談として拡散され、そーはゆーても、やんちゃじゃなくて心根が優しいほうがいいやろ〜、とネット民を鼻白らませたのでした(私も鼻白らまされた一人でした)。

そもそも、ヤンキー→更生はマイナスがゼロになっただけなのに、それが評価されるのはおかしいということですね。

何が言いたいかというと、ご明察の通り、まさに断酒者も同じではないかということですよ。酒やめたのは、いわばゼロ復帰したに過ぎない。なのに結構、これが評価される。これっておトクな話といえばおトクな話ではあります。

しかも「ヤンキーの更生」みたいに賛否両論湧き立つわけでもない。なおかつ、たとえば元ヤンキーが努力を重ねて事業を成功させたりするのは(もちろん大関になることも)大変だし運も必要ですが、酒はやめるだけでいいというのがいいところではあります。大変ですけど。

星一徹さんはエラいの普通なのか

この「酒やめるのは立派」は昔から言われていて、以前も書きましたが『巨人の星』の星一徹もそうです。『巨人の星』は、一徹が息子の飛雄馬を読売ジャイアンツに入団させようとする就活物語ですが、その第一歩として名門・青雲高校に進学させるために、酒をピタリとやめるのですね。それまでは大酒飲みでちゃぶ台ひっくり返してしていたのに、です。

で、甲子園で血染めのボールを投げたり、PTA会長闇打ちのぬれぎぬを着せられ身代わり退学したり、巨人軍入団テストで速水という嫌なヤツに嫌がらせうけたりしながらも、ともあれ見事、飛雄馬は巨人軍への入団を果たすのです。そのときに長屋の人たちから、一徹さんはあんたエライねーと褒め讃えられ、じゃあ一杯やんなよ、みたいなかたちで飲ませられそうになる一幕があります。これも以前も触れましたが、この時の一徹さんの飲もうとする姿があまりにも美味そうすぎて(実際には飲まないのだが)、そそられるものがありますね(下参照)。

星一徹

が、この後、「やはりやめておこう」になるのだった!

でも、ですよ、考えてみれば、子どもを高校にやるために酒をやめるなんていうのは、当たり前にして当たり前でなーんも褒められることでもないんですよ。にもかかわらず、あんたエラいねーになる。というのは、お酒を飲むお父さんというのがもう定番化していて――最近はちょっと違いますけど、そこから酒をやめるというのが大事業のように思われているからですよね。もちろん大事業には違いありませんけれども、その努力と世間的な評価を比べた場合、こりゃ断酒者はかなり立場的に美味しいのは間違いないです。

でもいずれは、酒をやめたからってそれのどこ偉いの、みたいな、今の更生ヤンキーと同じような状況になるのかもしれません。だからこそ今やめるのが非常におトクだということにもなりますし、逆に「どこが偉いの」になったらなったで、それは脱・酒社会になったことでもあり、それはそれでわが軍(?)は「古参」の地位を確立できて美味しいのではないかと身勝手にも考えております。

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