ストイックに生きることが、必須条件になってしまった身としては……。

酒やめて、3305日

お金を使って経済を回わせる人はそうしてほしいのですが

一つ前のエントリで「「ストイック」を選べば、人生好転していくという仮説」を書かせていただきました。持ち前の文章力のなさで、どうも言いたいことが上手く言いきれてない感がありますので、勝手ながら続きをやらせていただきます。

要は、決断(選択)を迫られたときに「悦楽・快楽」よりも「ストイック」な方を選んだ方が、それが自信につながり、人生好転させてくれる原動力になるという独自理論(?)です。そしてそれは、ベッサム先生の主張とは逆だけれども、としました。

いやしかし、私は経済学部でしたが、ジェレミ・ベンサム先生の功利主義、すなわち最大多数の最大幸福理論に接したときに、もうまったくもって腑に落ちたというか、世の中、こんな都合の良い理論があったのかー! と思ってしまったのですよ。

功利主義は、快楽追求が社会を幸せにする、としてもいいんじゃないか。それは、よく言われるところの、みんながお金を使えば経済が回わり社会が成長するということの哲学的な側面なのかもしれません。

でもって若い頃は、これを根拠に、いやいやいや、酒飲んで快楽追求しとる俺は経済を回わしとるんやでーみたいなことを考え、広言していたと思います(今も、飲んだくれるにあたって、そういうことを言っているが人いますよね)。

確かに一般論として、そうした側面はあるでしょう。だから、そのようにできる人は、そうしてほしいと思います。ただしそれは、酒飲まなくてもできることですが(笑)。

でも私自身は、もうそれをできなくなったことを悟ったのですね。大変遅まきながら。それは収入も少なくなり、老後に向けて細く生きなくてはいけない、ミニマムライフを指向しなければいけなくなったということです。

「私自身は」と記しましたが、今、それをしなければならない人と快楽指向でも大丈夫である人にはっきり分かれているとも言えます。

で、繰り返してすまんが、私としては「大丈夫である人」には、どんどん快楽追求してお金を回わし経済を盛り上げていって欲しい。そして大丈夫じゃない私は、それに乗っかって投資をしたいと、基本的にはそう考えている次第でございます。

「ストイック」と「艱難辛苦」は別物です

さて前回、もう一つ言いきれなかったのは、「ストイック」な方を選ぶことが、必ずしもそれが苦労に結びつくかというとそんなことはない、ということです。

ストイックというと、山中鹿之介の「我に七難八苦を与えたまえ」を思い出してしまいますが、実はそれとはまったく別物というか、ベクトルの向きがまったく逆であるということを言いたいのであります。

むしろ快楽追求のほうが、それに伴う諸々が肥大して人生苦しめるのかなあ、と考えたりします。

いや、何度も申し訳ありませんが、それを「金あるでー」というチート力で克服(?)できる人はいいんですよ。ただ、昔の私のように経済的チート力が皆無なくせに快楽主義に走ると、やっぱり苦労を呼び込んでしまう。それを逆説的に今、ストイックに生きることで検証しているわけです。

それにしても回わり道をしたもんですわ。しかし、一生気づかないよりはマシかと思うことにします。

原則として火曜日と金曜日の19時に更新しています。

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