【断酒モチベーション】「お酒は飲みません」と言うと、自分が一段上の人間になったような屈折した優越感を覚えてしまいますが何か?

酒やめて、1582日。

「いや、お酒は飲まないので」と言わずもがなのことを(笑)

長期出張中なのですが、ちょっと前に泊まったホテルで私にとっては象徴的な出来事があったので、誰に頼まれたわけじゃないけど紹介させていただきます。

チェックインしたときにフロントで、サービスとして缶チューハイを渡されそうになったのです。

水かお茶のペットボトルを「どうぞ」というのはわりによくあるケースですが、缶チューハイは初めてで、ちょっと面食らいました。飲酒時代だったら喜んで飛びついてましたけど。当然のごとく。

ただし、こうした行為は、SDGsな時代(?)に逆行しているような気もしなくもなかったのです。というのは、そのホテルはコロナ禍においてビジネスホテルが料金改定をしている中でも単一料金を貫いており、たぶんそれはその単一料金を大前提として予約システムや人間のオペレーションを組んでいるからでしょう。そして缶チューハイ提供もメーカーか販社とのタイアップだったのかもしれません。そういうところを見ても、若干の時代遅れ感が否めないのです。

それはともかく、その缶チューハイが差し出された時、私はといえば、

いや、お酒は飲まないので( -`д-´)キリッ

と言って断ったのです。

普通にお酒を飲まない人なら、わざわざ「お酒は飲まないので」などとは言わないでしょうね。「ありがとうございます、でも結構です」と言うだけでしょう。

まあそこが、断酒者というか元アル中のあさましいところでもあるのですが、さらにあさましくも、私はそこでそこはかとない優越感を感じていたのです。お酒を飲みません( -`д-´)キリッな俺すげー! みたいな(苦笑)。

「酒飲まない」でロウアーから抜け出した!?

で、そんな浅ましくも鼻持ちならない話を、断酒者のヨタ話としてさらに続けさせていただきます。

お酒を飲むという局面にもいろいろあるのでしょうが、たとえば「ボクがときどき行くレストランのセラーでオーパスがいつも寂しそうにしてるんだけど、今度一緒に開けてあげない」などと女子を誘うのは、お酒の飲み方でもかっこいい部類なのでしょう。もちろんやったことはありませんが(妄想はしたことある←馬鹿)。

でも、そういうかっこいい系の飲み方は、アル中になると当然のごとくできなくなります。何しろアル中は、というか過飲酒レベルでもそうだと思いますが、コスパ追求になりますから。もっと言えば、酒の飲み方がビンボくさくなります。

でもって、価格改変オペレーションもなかなか難しいようなビジネスホテルにおいてサービスの缶チューハイを部屋で飲むのは、なんというか貧乏くさい酒の飲み方のかなり行き着いたところにあるような気もするのですよ。ここでは、缶チューハイがロウアーの一つのアイコンになっています。

もちろんそういう貧乏くさい飲み方を私はずっとしてきました。でも、今はついにそこから抜け出した感があります。つまり自分が一段高い位置に行ったような。かえすがえすも鼻持ちならず申し訳ありませんが。

でもそうしたひとつ高いステージに上がったという実感(自己満足ともいう)をモチベーションに断酒を続けるというのはアリ……というかむしろ王道であると思うのです( -`д-´)キリッ

にほんブログ村 酒ブログ 禁酒・断酒へ
にほんブログ村

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする