僕たちは今、飲むか向上するかの選択を、ストロングゼロによって迫られている。

酒やめて、1073日。

ローマ

このような弱小ブログでも、一度だけバズった……と言うのもおこがましいのですが、普段のPVの3倍程度を記録したことがあります。その記事とは、「ストロングゼロは貧者の核兵器にもなり得る、恐ろしい戦略物資ではないかという仮説。」であり、つまり世の中の関心はストロングゼロに向いているということでしょう。断酒ブロガーにとっては、ストゼロはキラーコンテンツになっています。皮肉なことに「ストゼロ様様」状態なのです(笑)。

「パンとサーカス」にストロングゼロは重なる!?

それで今回も、色気半分で(笑)ストロングゼロについて書いてみたいと思います。

「パンとサーカス」という言葉があります。古代ローマの状況を表したものだそうです。その当時、ローマ市民は多くの植民地(属州)からもたらされる富によって働かなくてもいいようになりました。そこで施政者が提供したのがパンとサーカスだったわけです。実際には小麦粉と剣闘士などのショーで、つまり食料と娯楽ですね。これさえあればローマ市民は満足で、政治意識を持たなかったといいます。だから愚民政策の代表とされています。

先にリンクした記事のなかで、今の日本におけるストロングゼロの存在は、アヘン戦争当時の清におけるアヘンに似ているという話を書きましたが、このパンとサーカスも、ストゼロと重なるものがあるのではないでしょうか。

そしてこのことは今後ますます顕著になっていくかもしれません。

繰り返しますが、ローマ市民は当時、属州からもたらされる富で暮らしていました。属州=植民地の人たちが代わりに働いていたわけです。この属州の人たちをAIに置き換えると、まさにそういう世の中が現出しても不思議ではありません。

ストロングゼロ飲んで酔っ払ってりゃ、そりゃラクだけれども……

というのはまだ先の話にしても、ストロングゼロという物質が、パンとサーカスになりつつあることは事実でしょう。なぜならパンとサーカスは無償でしたが、ストロングゼロも極めて低価格だからです。うちの近所の激安スーパーなんて、ロング缶130円切ってますもん(税別)。ですからストロングゼロだけを安売りスーパーで買って家で飲んでいる限り、酒が深刻な経済的障害をもたらすこともないと思われます。

ではこれが施政者によるパンとサーカス施策であるかというと、そこはやはり違うでしょう。なぜなら「ストロング系チューハイ裏話。国のいじめに酒造メーカーブチ切れ」でも指摘されたようにストゼロは深刻な健康被害を生む可能性があり、それは医療費増大につながるので施政者にとっては都合が悪いからです。だからいずれ規制されるのかもしれませんね。

パンとサーカスに話を戻すと、当時パンとサーカスを享受していたローマ市民は確かに享楽的に生きていくことができたけれども、やがて没落していきます。一方、繁栄したのは、パンとサーカスに甘えることなく働いたローマ市民たちです。この状況も現代と重なりますよね。

ほぼタダに近いような酒を飲んで気分良くなっていくのか、それとも酒を飲まずに未来のために何かをするのか。今、私たちはその本当の意味での選択を迫られているのかもしれません。

――というのが、断酒ブログ的に書きたかったことなのですが、ただ、現代日本の真の意味での「パンとサーカス」は、ストゼロをはじめとする安酒ではなく、高齢者への社会保障です。そして若年層は、その観点からいくと、せっせと働きローマに富を貢ぐ属州民です。嫌な世の中だなあ。

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