定職なし定収入なし、しかも高齢のジジイにとって、案外面白い時代と社会なんじゃないかと思えてきた。酒さえ飲まなければ。

酒やめて、1740日。

「余った命、だから安い!」←これ

ちょっと前に「死ぬまで働け」の時代はジジイにとって辛い時代、酒飲んでたらなおさらだよね、という話を書かせていただきました(参考「「加齢」は人間の能力を評価するにあたってマイナスポイントになりがちだけど、「飲酒習慣」もそうじゃないかという、せつない話」)。ただし若干の希望の光もあるので、今日はそのことについて書きたいと思います。誰にも頼まれてはいませんけれども。

まず仕事の受注や雇用において、高齢というのは明らかに不利です。ただ、社会派ブロガーのちきりんさんが自著に書いてましたが、とりあえず基本的な社会的訓練ができているので使いやすい、一方若い人はコミニケーション苦手という人も多い、といった面もあります。

またこれは中島らもさんの本に書いてあって、しかし今、その本が探しきれないのでうろ覚えで申し訳ありませんが、確か大阪のハンコ屋さんかなにかで「余った命、だから安い!」と宣伝している店があった、と。アル中大先輩にしてエンターテインナーの中島さんのことですから、おもしろおかしくしている部分はあるのでしょうけれども、もうジジイなんだから、そんなに金も要らないんで稼がなくてもええ、ということなのでしょう。子育てや住宅ローンも終わっていれば低収入でも暮らせる。つまり若い人に比べて価格競争力があるわけですよ。もちろんこういうジジイが労働市場に出てくるのは、マクロ的に見れば弊害も多いのでしょうけれども(参考「巷で話題の「就職氷河期世代の暗黒」について、社会人としてマクロで(?)断酒者としてミクロで(?)考えてみた」)。

しかし話を個人のことに矮小化すれば、私のようなフリーランスの立場で考えると、「余った命、だから安い!」は、やはり競争力向上になります。いや、そう思いたいです。

酒飲まないと、とにかくいろいろできるのだ!

で、ここに酒が絡んでくるのですが、酒飲まないと生活が地味になります。粗食でもオーケーですし、それ以上に、人生に「イベント」を求めなくなります。ですから精神的にミニマルになる……というとええかっこし過ぎですが、経済的にミニマムになるのは確かです。そうすると、フリーランスの場合、それなりに価格競争力がアップするという構造です。何度も言ってすみませんが。

しかしそれだけじゃないんですねー。とにかく、いつも書かせていただいている通り、酒やめると時間がわさわさ湧いてくるので、いろいろ勉強もできますし、仕事に対する仕込みのようなものもできます。

これって結構大きいことだと思うんですよ。

今、ネットをはじめとした社会インフラが「個人で何でもできる」ようにしてくれていますよね。環境はある、後は経験だけだ、ということです。そうしたときに時間的な余裕があるというのは明らかに有利です。そしてそれをもたらすのが断酒ということになります。酒飲まなければ、本を読むこともできるし、ネット上で気長にトライ&エラーすることもできる。これは、ちゃんとした職に就いている、つまり一日のうちある程度時間が拘束される人もそう……というよりも、なおさらだと思います。

さらにこれもいつも書いていて恐縮ですが、酒という最大の執着先から離れられたおかげで執着心というものがなくなり、だから思考が楽観ベースになります。これは、はじめから酒飲まない人にはない、断酒者特権なのかもしれません。そしてそうした点でも、仕事の仕込みにおいて有利になると思うのです。こんなことやって何になるんだろうという無意味な疑問を持たなくて済むからです。

そういうふうに考察を進めると、定職なし定収入なししかも高齢のジジイにとっても、案外面白い時代と社会なんじゃないかなあと。酒さえ飲まなければ。まあ何を成し遂げたわけでもないのであまり大きなこと言えないのですが(苦笑)。

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