オールドメディアがつくり上げたステレオタイプに乗せられていいものなのか、ということを断酒者として考えてみる。

酒やめて、1218日。

もうメディアは決定的に信用できん!

今回のコロナ禍で分かったことは、テレビや新聞などのメディアがまったくあてにならんということですね。以前からそれは日本の常識だったのかもしれませんが、ある意味、決定的になったのではないでしょうか。

端的に現われているのは、たとえば韓国の防疫に関してです。テレビなどのメディアは韓国の防疫体制を褒めそやし、日本も見倣え見倣えとずーっとうるさいほど言い続けてきました。ところが韓国でクラスターが発生し、患者が増えていることを受けての自己検証はまったくなされていません。あんたらの主張はそんな浅いものやったんかいという感じですねー。

しかももし日本政府が韓国メソッドを「見倣った」ら、たぶん人権侵害だあ管理強化だあと、それはそれで大騒ぎするのも目に見えています。そうしたわかりやすい矛盾が、だれの目にも「メディアは信用ならん」を印象づけました。

また今回のコロナ危機で、情報発信者として重要になるのは、各種融資・補助制度の利用の仕方のわかりやすい解説だと思うのですが、そうしたことをこと細かに説明してくれたメディアを私は寡聞にして知りません(週刊誌などではあったんでしょうけれども)。

オールドメディアは、コロナ禍でむしろ浮かれているようにさえ見えますが、おそらくもうこれが終焉の始まりのように思います。

ただし悔しいことに、やっぱり我々世代=テレビっ子世代は長らくオールドメディアのステレオタイプの意見や呈示する価値観に支配されてきたんですよ。若い人はちょっと違うのかもしれませんが。

たとえばそれは「不良番長は本当は心の優しいヤツだ」とか「先生は心から僕たちのことを考えてくれている」とか「諸悪の根源は官僚だ」とか、案外、そういう単純なものです(笑)。

こういうことって、笑いながらそしてパロディにしながらも、わりと深く私たちの心に根ざしているような気もします。

で、メディアが長い間かけて私たちの心を侵食してきた価値観から脱さなければ! と思うわけです。遅まきながら、このコロナ禍を機会に。

何を当たり前のことをとお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は個人的には、結構長い間毒されてきたなあと、この機会にしみじみと感じている次第でございます。

たとえば先にあげた「不良番長」みたいな件はまあ実生活に影響がないのですが、悪質(?)と思われるのは、テレビが、民放のビジネスモデル上仕方のないことなのでしょうが、1ランク上とも思われる消費生活を見せたことでしょうね。それに毒されると「ねばならない」脳になり、いろいろと実生活で齟齬をきたしてしまいます(参考「酒による「ねばならない脳」に同調圧力が加わると、かなり強力な人生破壊兵器になるという件」)。

ま、これは他人のせいにしたらいかんのですが、だからこそやはり自分で考え、判断しなければならんなと思うわけですよ。繰り返しますが遅まきながら(笑)。

自分で意見形成していくために

さて、メディアが長い間流布していたステレオタイプな造形の一つにアル中がありますね。アル中オヤジはクズ親であり、ルックス的には大阪の歯がないおっちゃんだったりで、要はだらしがないということです(参考「酒は、クズ親のアイコンか?」)。ちなみに『酔うと化け物になる父がつらい』が映画化されましたが、主演の渋川清彦さんほどクズ親が似合う役者さんもいませんねー(笑)。

ともあれこうした影響は、世間に色濃くあると思います。

でも、もちろん今では、だらしがないからアル中になるわけではない、立派に社会人をやっていてもその内面はアル中というケースも多々あることは広く知れ渡っています。それは、オールドメディアではなくネットによって、医師の意見も含め知られるようになったものですね。

で、ネットの良さは多様な意見を断片的に言えることです。私はこう思う、あるいはこういう考え方もある、あるいはこういう側面もあるということを、バラバラに発信していける。メディアのようにそこで「完結」しなくていいのです。だから情報やストーリーがステレオタイプになることもない。そしてその断片的な情報を取捨選択したりつなぎ合わせたりすることによって、自分の意見を形成をしていけば良いという構造ですよね。

結局のところ、もうこのスタイルが主流になると思います。私のこのようなブログも、その意見形成のささやかな一助になれればとても嬉しく存じますが(笑)。

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