酒やめて、2980日
集中力がなくて苦労した人生ではありました……
私事ながら私は子どもの頃から「集中力がない」と言われ続けてきました。実際その通りだったので、勉強その他で成果が上がらず苦労しましたし、受験なども失敗続きでした。
大人になってからも同じで、社会人になってからしばらく営業職だったものの、途中でクリエイティブなどという小賢しい名称を持つ部署に移り(移らせてもらい)、そうすると当然ながら営業職の時とはまた違った集中力を要求されました。さらにその職種でフリーランスになったものだから、なおさら集中力のなさに苦労するというていたらくでありました(集中力が続かないものだから、酒を飲んでみようかみたいな発想になっていたような気もします)。
ただ、この齢になって言うのもナンですが、集中力がないのはもう仕方がないと思っております。酒をやめてからは、集中力のなさをカバーする味方を身に付けたからなおさらです。これまた「この齢になって」もないもんですが(汗)。
その「味方」が、いつも書いていて恐縮ですが「時間」ですね。もう時間がたっぷりあるのですよ。酒をやめているので(しつこい)。
だから集中力がなくても、なんとかなってしまう。今も、集中力のない私のこととて、仕事をしていても「あー、飽きた」とすぐなってしまうのですが、でも5〜10分ぐらいぼーっとしたり本を読んだりすれば、また仕事やろうかという気になるので、そうすればまたやればいいだけです。
いやいや、本当は良くないんでしょうけれど、ただもう私の場合、そうするしかない。そしてそのように細切れでも何でも、とにかく時間がたっぷりあるものだから落ち着いてできる。
またしても、断酒erならではのアドバンテージが!
よく(時間ではなく)締切りを味方につけるみたいことが言われていて、私もそのように長い間考えてましたけれども、それは人に拠るのですよ。当然ながら。集中力がある人はそうすればいい。ただ、私のような人間がそんな選択をするとどつぼにはまってしまうのに、それを選択し続けてきたのは、まあ愚かなことではありました。
今は、何度も言うてすまんが、時間を味方につけることができている。時間がたっぷりあるので、集中力のない自分でもできるように、仕事においても、あるいは日常的なタスクでも、そのやり方を組み立てればいいというふうに考えが変わってきていて、それを実践したら案外上手くいくというような構造になっております。この齢になって気づくのも今さらすぎますが(三度目)。
とまあ、このような個人的なことを長々と書いてきたのは言いたいことがあるからです。
冒頭に記したように、私は子どもの頃から集中力がなくて苦労してきた。でも、子どもの頃は当然、酒なんか飲んでなかったわけですよ。そして大人になって集中力のなさが顕在化してきて、ますます苦労するようになった。
ところが酒をやめて、時間を味方にできたということはですね、子どもの頃からの宿痾を断酒すると克服できるということに他ならないのではないかと考えるのであります(大げさ)。
子どもの頃から集中力がなかった私が、大人になってから酒を飲む習慣がなかったとしたら、もしかしたら集中力のなさを克服できる術=時間を味方につける術を身につけることはなかったかもしれません。
つまり「時間を味方につける」は断酒したからこそのアドバンテージであると勝手に考えております。
で、さらに言いたいのは「断酒」には、こうしたこと以外にも、飲まない時代からの宿痾をも克服できるパワーがある、それほど人生にとって「革命」なのだとこの際、断言させていただきます。
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