断酒したその時点で「メタ認知」はできているのだ。

酒やめて、3295日

「再飲酒」と「スリップ」は実は別モノ!?

「断酒」ということを考えるときに、再飲酒問題、スリップ問題は避けて通れないものとされます。この「再飲酒」と「スリップ」は、「スリップで再飲酒」というふうにセットでとらえられがちですが、分けたほうが良いのかなあとも思うのです。

なぜ、このようなテーマ(?)に触れるかというと、私事ながら「うちの父プロブレム」があります。今年90歳になる父は、認知が進むという理由で医者から断酒を言い渡されて2年ほどになりますが、最近とみにまた飲みたがるようになりました。それで、うちの妹などは飲ませてあげようと言っています。

父の場合、なにしろ高齢なので、認知が進もうがどうなろうが、本人が幸せなほうがいいという考え方も当然ながらあります。そしてもし認知が進み今の老人ホームにいられなくなって精神科に入院しても、それはそれでいいかなとも思います。そんなふうにしたくないというのは、単なる私のエゴかもしれません。このことは逆に「先があるからこそ断酒」という一つの真実(?)を導き出してくれます。

ともあれ、このようなパターンで再飲酒するケースはあるでしょう。先が短いなど諸々の事情を考え、なおかつ医者も(それとなくも含めて)許可した場合ですね。これを①とします。

①に近いのですが、実はまったく異なる再飲酒パターンに②「俺は酒をコントロールできる、大丈夫だ」と考えて飲み出すケースがありますよね。これは、賢者「わしはもう一万年も生きたが、今だかつて一度アル中になって、再び飲酒をコントロールできるようになった人間に出会ったことがない。お前がその最初の人間かのフフフフフ……」というやつで、よく揶揄されるところでもあります。

そして③です。いわゆるスリップというもので、再飲酒のトリガーとされる「HALT」すなわちHungry(空腹)、Angry(怒り)、Lonely(孤独)、Tired(疲れ)などに駆られて飲んでしまったというケースです。

でもって、①は老齢(=先がない)がからんでくるのでとりあえず措いておいて、②と③について考えてみると、これってもうめっちゃ大きな差があると思うのですよ。

酒をやめたことによって手に入る最も重要なもの

その前に言っておかなければいけないのは、再飲酒における②のケースは、ハナから断酒せずに「俺は飲酒をコントロールできるから飲んでいい」とするケースと非常に近いということです。このような人を②´とでもしましょう。②´な人は、借金をするような経済状態なのに飲む、それだけならまだしも「昨日も飲んだ」などと広言しつつ人に借金を申し込むといった「寓話」も創出したりします(参考「飲酒行為は、人生を「寓話」仕立てにしてしまう!?」)。

そこで③ですが、まず断酒しよう考えた、そしてスリップしたけれどもそれを後悔した段階で、酒をやめたことによって手に入る最も重要な資質である「メタ認知」をすでに得ている、ということを言いたいわけです。エラソーで申し訳ありませんが。

これは、②あるいは②´と比べてみるとよくわかります。

繰り返しますけれども、②´、つまり酒を飲んでいるのに、しかもそれを広言しているのに借金を申し込むのは、自分をメタで見るという視点を決定的に欠いていますよね。通常、メタ視点を持てば、酒を人に借金を申し込む前に酒を飲まない、少なくとも飲んだことを広言はしません。

その点、③では、少なくともこの視点は身に付けているのです。ここが大きな違いであり、それだけでも価値があると声を大にしたいところであります。

原則として火曜日と金曜日の19時に更新しています。

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