あの朝、見かけた「ご同輩」たちは今どうしているのだろう。余計なお世話ながら。

酒やめて、1886日。

pressure

世の中に出ていくのに酒がほしくなるのだった

このブログでも何度か書いていますけれども、飲んでいた時代は、朝、絶望とともに目覚めていました。朝起きて一番に思うことは「死にたい」です。それは一時的にしても、すべてのことに対してとにかくやる気が出ないのです。これは医学的に言えば肝臓がアルコール分解処理で手一杯で、幸せ脳内物質のセロトニン(をつくる物質)を生成できないから、ということになるらしいのですが、そんなのは酒をやめてから知ったことで、とにかく当時は絶望絶望また絶望でした。今(その当時)の状況に対しても、未来に対しても、です。

ただ実際問題として仕事があるときは、世の中に出て行かなければなりません。そうすると、これもよく書いてますけれども、その勇気をもらうために酒が飲みたくなるのですね。

これまた以前も書きましたけれども、私の中学の先生で、教室で酒飲んでクビになった人がいます(参考「遠い昔、酒で教壇を去った先生のこと」)。気持ちはわかるんですよね~。先生なんて40名の生徒と毎回毎回対峙しなきゃいけない。テンションの維持は大変なものがあると思いますし、一度、酒でそのテンションを保ったら、その後も必要となるのでは、と思いますよ。

それはともかく私の場合、酒をやめてからは、世の中は幸せで満ちている……とはさすがに思いませんが、それほど絶望を感じることなく目覚めることができるようになりました。そして朝、ランニングするようにもなり、その帰りに、7時から開いてるスーパーに寄るというケースも多くなったのです。

細かい話になるのですが、そのスーパーは外階段(エスカレーター)で2階に入り口がある構造です。ということは、外エスカに乗っている間、前の通りが上からよく見えるわけですよ。で、その前にコンビニがありまして、ときどきなんですが、コンビニでビールなり缶チューハイなりを買いぐいっと飲んで駅へ向かうサラリーマンを目撃していました。

それほど目に留まる光景ではないので、普通の人はスルーするのでしょうけれども、私はなにしろ元アルなので、そういうことを目ざとく見つけるのです。そして心の中で「あーわかるわかる、そうですよねー、酒でも飲まないと出勤なんてする気分になれないですよねー」とつぶやいていました。まったく余計なお世話ながら。

こういう人って、見た目はほんとに普通なんですよ。カリカチュアライズされているアル中の姿(たとえば新世界にいる歯のないおっさんなど)とはかけ離れています。エリートかどうかはわからないけれども、マトモな勤め人という風体です。さらに驚くべきことに……かどうかもわかりませんけれども、普通のOLのように見える方がそのような行為におよんでいるのも見たことがあります。

類推するに、心が繊細だと傷つくことも多く、傷つきたくないから世の中に対峙するのが恐くなるんですよね。で、気付けに酒を飲んでしまう、と。

酒に勇気をもらってる人ほど気づけば強い!?

そして、これまた大きなお世話ながらこうした人たちは今どうしてるんだろうと考えたりもします。

ただ案外、とも思ったりもするのですよ。そういう人たちって、自分の社会的状況がわかれば、つまり自分の人生を長いスパンで見て飲んでる場合じゃないと悟れば、わりにすんなりやめられるのかなあと。

綺麗事に聞こえるかもしれませんが、人生を大局的に見れれば、現在、酒を飲んで克服しているプレッシャーなど相対的に小さくなり、だから酒をやめられることにもつながるように思うのです。センシティブだと……というと褒めすぎかもしれませんが、メンタルが弱いと、なおさらそうと気づくことができるんじゃないかと。

私はメンタル弱い人間の典型だっただけに、まさにそうでした。で、やめてみて思ったんですが、別に世の中に出ていくにあたって酒なんか必要じゃない、というか、世の中が怖いと思わせていたのは酒のマッチポンプ力だったんやああ!ということも、いつも書いている通りです。繰り返しますが、こうした気づきはメンタル弱いゆえ、という一面があると確信している次第です。

というわけで、メンタル弱い人ほど酒やめやすいという持論(?)にもつながるわけですね(笑)。

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