酒やめて「忙しい」という感覚がなくなった件。

酒やめて、2350日

酒飲んでいた時代はとにかく「忙しい」だった!

4月からここ最近まで私にしては仕事が立て込んでいましたが、やっと落ち着き、ちょうど梅雨も終わりそうなので夏を満喫したいと思っております。〇〇歳の夏は一度しかないんだからねーってやつです。

というか、コロナが明けて初の夏なので20歳の夏のようにしたいと思っております(←馬鹿)。

さて長年、ちょうどこの時期、同じプロジェクトに取り組んでいて、そのプロジェクトに関する限り仕事の絶対量も変わらないのですが、酒飲んでいた時代は、私にしてはめちゃ「忙しい」だったのです。もう、しゃかりきになってやっていたという感じです。

それに比べると、今は同じ仕事で同じような仕事量なのに余裕でこなせます。普通の人なら、酒飲みながらでも余裕でこなせるのでしょう。もともとそういう仕事量だったのですよ。発注するサイドだって、私にそんなに期待してるわけでもないし。

にもかかわらず、しつこいようですが、飲んでいた時代はめっちゃ忙しく感じていて、とにかく必死だったのですね。

酒飲んでいると「主観性過剰」になるんですよ

でもってなぜ忙しく感じていたかというと、当然ながら酒を飲んでたからですね。酒を飲むと、そのまま寝落ちしてしまうのが常でしたから、夜の時間も使えないし、日中も頭が上手く働かなくて仕事の効率が良くないといったことが、大前提としてありました。

それと、酒を飲む習慣があっていわゆる飲酒脳になっていると、自分の能力を過剰に見積り、その見積もりと仕事量の絶対量が合わなくて忙しくなってしまうという側面もあると思うのですよ。

酒を飲むと、一時的に万能感みたいなものが生まれますよね。こちとら酔っぱらっているんでえ矢でも鉄砲でも持ってきやがれええ! というやつです。

そしてそのような酒がもたらす万能感が人生すべてを覆い、自信過剰になります。それをアピールする輩もいるんで、今となってはうっとおしいのですが(参考「大谷選手と酒さんはどちらも「俺すげえ」を与えてくれる存在だけれども、その方向性がまったく違うのではないかと」)、他者にアピールするしないに関わらず、自分のことを「メタ」に見ることができなくなるのですよ。自信過剰と書きましたが、それともちょっと違って「主観性過剰」というのでしょうか。皆さんの周りにもそういう人間はいるはずです。

そして繰り返しますが、その自分の能力の見積もりと現実が折り合わなくて、めっちゃ忙しく感じるという構造になっていたのではないかなと。

今は、酒をやめたから時間がたっぷりあるので、その時間を使って、心空しくまあこんなもんかなあと思いつつ淡々とやっていくと仕事が終わってしまうという感じです。そんなふうにしていても、脳汁のようなものもしょぼしょぼながらも出てくるようにも感じ、これは飲酒時代にはついぞなかったということはいつも書かせていただいているところです。

ともあれ、「忙しい」は酒がつくり出していたものであり、それは物理的な時間を奪うことに加えて、人間の(酒飲んでない普段のときの)精神に作用するからだということに思い当り、あらためて酒の恐ろしさを感じるのでありますよ。

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