酒やめて、3316日

潜在的非飲酒者に酒を強要してきたアル中
このブログでもこれまで散々書いてきましたが、世の中に飲まない人は案外多いです。加齢に伴い自然に飲まなくなった(うらやましい!)という人もいますが、多くは潜在的非飲酒者とでも言いましょうか、現役時代は付き合いなどで飲まざるを得なかったけれども、リタイヤかハーフリタイヤになり、飲まなくてもいいのならもう飲まないという人ですね(参考「社会人生活も終わりが間近になって、ようやく飲めない体質が証明できた友人の話」)。
逆に言えば、これまでの日本社会は、私のようなジジイ世代の場合、そのような潜在的非飲酒者にさえ飲酒を強要してきたのですね。
そして潜在的非飲酒者に「強要してきた」中の一人に、上司でも得意先でも何でもない私がいたりして、まったくもって迷惑かつ愚かな存在でした。
若干言い訳させていただければ、こういうことって、飲んだくれている時代はまったく見えないのです。自分と出会う相手がすべて自分と同様に飲みたがっていると思っているのですよ。
それはともかく、今、たまに友人と一緒に食事をしたりすると、繰り返しますが、飲まない人の多さにびっくりし、また飲まないコミュニティといったようなものが形成されていることがわかります。世の中にはそういうものがあるのですね。
世の中、あっという間に変わっちゃう!?
でもって世界の趨勢として「飲まない」方向に向かっていることもまた明らかです。
むろんそのなかには「酒を飲まない若者」も含まれます。これは、酒はコスパが悪いことが共通認識として行きわたっていることでもあります。何しろ、生500円を2秒で飲み干したりするのですからねー。酒飲みというところの者は。これに気づかないで何十年も飲み続けてきた元アル中ジジイの愚かさが際立ちますわ(汗)。また「酒を飲まない若者」界隈では、酒以外の楽しみが広く浸透していることもあるでしょう。私などは「酒の代替としてサーフィン」みたいな考え方をしますが、若者の場合、代替とすら意識しないのかもしれません。
さらにご周知の通り、仕事上飲むことを強制する、あるいはそこまで行かなくても飲みに誘ったりするのも、コンプライアンス的にやばい世の中になっています。
こうしたことを考えあわせれば、大げさに言えば人類は酒の支配から脱しようとしていて、いち早くそれに気づいて脱した人間を「上級人類」と規定させていただいているわけです。
いや、先の潜在的非飲酒者やもともと飲まない人は、そんなふうに思ったりはしない(思う必要がない)でしょうが、それまで飲んだくれていた人間が飲まなくなるということは、ある意味、人類としての昇格であるので、そう規定させていただきたいわけで。
ともあれ、そのように飲まない人間が増えていって、飲まないコミュニティのプレゼンスが社会全体の中で大きくなっていくと、これってもしかして、オセロと同じになるんじゃね、と思うのです。オセロは角を取ることがキモですが、そのシンギュラリティ(大げさ)を断酒erが制することができれば、「飲む」「飲まない」の世界がバタバタバタと裏返しになっていくのではないか。そんなふうにも考えたりするのです。
かつてタバコがそうだったように、世の中なんて一瞬で変わっちゃう。そして早い段階でこちら側に来ていてよかったと自分に言い聞かせている次第でございます。
原則として火曜日と金曜日の19時に更新しています。
カテゴリ別インデックスページはこちらです。