酒やめて、3127日
小中学時代の夏は、やりきった感もあったのですが……
今、海に来ているのですが、いやいや、夏が終わってしまいますな。夏が行ってしまう、あるいは逝ってしまうと言うほうがふさわしい気もします。夏の終わりというのは、毎年のことながら寂寥感満載です。まさに「夏は短いからあせるよね」@クレイジーケンバンドです。湘南に住んだことのある人によれば、8月31日と9月1日の「落差」は半端ないとか。
このような8月の終わりの切ない感じは、それこそ小学生の頃から変わらないものです。私事ながら小中学校時代は水泳をやっていたので、夏はたいてい大会があり、その大会とともに夏が行ってしまうといった感がありまして、それはそれなりにやりきった感を伴うもので、充実の夏でもあったようにも思います。
私なんかとはレベルは違うけれども、甲子園球児ももちろんそうでしょうし、インハイや全中に出場している選手たちもそうでしょう。あるいは受験生も、やり切った感でいっぱいという人もいると思われます。勉強に関しては私の場合、やり切った感を覚えたことは一度もなくて、それを経験していれば人生変わっていたと思いますが、それはともかく――。
その後、大人になって酒を飲みだして、またそれが深度化するにつれ、小中学生時代にかろうじて感じていた夏のやり切った感というものがまったくなくなってしまったのですね。毎度毎度、酒を飲んで終わりという感じです。そして恐ろしいことに、それは子どもを経験レスにし、したがって、子どものやり切った感をももたらさないことにもなってしまうのでした(参考「親の過飲酒は、子どもの経験チャンスを奪う」)。
後悔することしきりではありますが……
ともあれ、今年の夏の場合、仕事が少なかったこともあり、それはそれで困りものだけれども、海にも何度も泊りで来れたし、あるいはこのブログをKindle出版するための準備もかなり進んだし、家の周りの草刈りも自分で(適当に)やったし、まあ充実していたかなとは思います。少なくとも若干のやり切った感はあります。「やりきった夏」が、数十年ぶりに戻ってきたという感じかもしれません。
しかしそこで思い至るのは、酒とともに無駄にしてしまった夏、のことですよ。さらに「無駄にした」のが「子どもの夏」にも及んでいるということで、マジ、恐ろしいところです。
というわけで、後悔することしきりではありますが、ただ、まことに身勝手ながら「反省しないことに決めた」ので(参考「勝手ながら、「もう反省しない」ことに決めたのだった」)これからは前だけを見て(?)取り戻していこうと思います。そしてその大前提にして第一歩が、酒を飲まないことにあるのは言うまでもないことであります。
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