酒というものと接するにあたって日本人の特殊性を考えたほうがいい、とあらためて。

酒やめて、3319日

なぜ、デザートという習慣が生まれたのか

話題の本、ヘンリー・ジー著『人類帝国衰亡史』を読みました。集中力が減衰しているジジイであるのにも関わらず(もともとなかったけど)、一気読みしてしまいました。もちろん内容も面白かったのですが、竹内薫先生の訳が秀逸ですらすら読ませてくれたからです。

類書、というふうに私が勝手に考えているジャレット・ダイヤモンド著『銃 病原菌 鉄』も面白かったけれども読むのに苦労しましたし、ハラリ著『サピエンス全史』に至っては途中(というか最初のほう)で投げ出してしまいました。

どうも外国の先生のこの手の本は論証がくどくて、もっとさくっと読ませてくれよお、というふうに思ってしまいますし(失礼!)、原本に忠実たらんとする訳者の姿勢が、それに輪をかけてしまっているような気もします。その点、竹内先生の訳は「超訳」でした。エラソーですまんが。

さて『人類帝国衰亡史』はいろんな気づきをもたらしてくれる本でありますが、断酒ブログ的にちょっと興味深かったのが、「(太平洋に浮かぶ島々の人々ように)西洋型の食生活に比較的最近になって移行した集団では、いまだに『糖尿病の流行』の渦中にある」という点です。

逆に言えば、西洋人はその手の食生活を長年にわたってやってきたので、糖尿病体質の個体は淘汰され、結果的に糖尿病が少なくなったと言えるようです。まあ実際問題、西洋文化が生み出したデザートという習慣は、あれは、要は食事をして血糖値が上がり、それが下がってきつつあるところに身体が血糖値を維持しろと信号を出すから、甘いものが欲しくなる、というものでしょう。そのような習慣という「しごき」を遺伝子レベルで覚えてしまったからこそ、ある程度の耐性ができた、と。この手の素人医学を書くとGoogle先生に嫌われそうですが、あくまで個人の感想ということで。

日本人は糖尿病にも弱けりゃ酒にも弱い

でもって日本人に当てはめてみると、日本人も、太平洋の島々の人ほどじゃないにしろ、まだまだ遺伝子レベルでは西洋的食事に慣れてない。だから糖尿病という病気が国民病になっているとも言えそうであります。

そこへもってきて、日本は持ち前のまじめさと技術力で糖尿病治療においても世界ナンバーワンですからね。

ここで話が飛びますが、今、F1のホンダPUが絶不調であり、それは理系秀才がみんな医者を目指してしまう風潮、すなわちエンジニアになり手が少ないという風潮と無関係ではないようにも思います。少子化のなか、理系秀才という貴重な国の財産が、保険制度を通じて安く外国人のために使われているのだから、何というディストピアなのでしょうか。

と、それはともかく、日本人は糖尿病に弱いと。そして酒にも弱い、その背景をこのブログではくどく論証させていただいております。そのあたりは過去記事(たとえば「酒と付き合うにあたっては、日本人特性というものをよく考えた方が良いと思われる件。余計なお世話ながら」)を読んでいただきたいのですが、糖尿病耐性がない×酒耐性がないこと、さらに酒は糖尿病への特急券ということを考えあわせると、酒と付き合いについて、もうマジで日本人特殊性ということを頭に入れた方が良いと、『人類帝国衰亡史』を読みながら考えた次第でありますし、自分がそんな「日本人」だと思えば、酒を飲まないという決意(?)も新たになります。

原則として火曜日と金曜日の19時に更新しています。

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