酒やめて、3302日

『BRUTUS』とベンサムの両先生が教えてくれたこと
人間、一日の間に「決断」する場面が実に約3万5千回あるそうです。こうしたとき、二つの選択肢からどちらかを選ぶ(あるいは無意識のうちに二つに絞り込んだ上で選ぶ)というケースが多いと思うのですが、この際、自分の中で一つの選択基準、プリンシプル(大袈裟)を持っていると、生きていく上でめっちゃラクなのかなあ、とも思います。多くの選択を行うことで脳は疲労(決断疲れ)するので、決断を減らすために習慣化、ルール化が有効だとよく指摘されるところでもあります。
でもってそれがタイトルなのですが、こうした時、選択肢のうちどっちが「ストイック」かということを基準にするようになりました。酒やめて以来。
この辺は断酒してからの精神の変化(「精神の変化」記事)に属することで、個人的なことの最たるものなのですが、しかし普遍的な一面もあり(たぶん)、若干は参考になるかもしれないなあとも思うので、書いてみたいと思います。
「個人的」と記しましたが、世代特性ということでもあります。というのは、私などの世代の場合、高校時代はやっぱり勉強ばかりさせられたわけですよ。むろんそれは今も昔も変わらないでしょうが、ただ世代特性として、その勉強がかなりの実効性を持っていました。すなわちいい大学に入ってしまえば、その後の人生はわりにイージーモードだという社会構造だったのですね。少なくとも、その時点ではそのように信じられていましたし、後から振り返っても、そうした側面はありました。私の場合は、まったくそうではありませんでしたけど。
ただ、今は違いますよね。いい大学に入ろうが何だろうが、一生勉強し続けなければいけない、自分を高め続けなければならないという社会構造になっています。
ともあれ、私たちはそのような世代であり、それを大学時代に待ち構えていたものといえば、たとえば雑誌『BRUTUS』の「悦楽的生存」などという身勝手な特集だったわけです。また学術的(?)にも、ベンサム先生の「功利主義」すなわち「人間は快楽を求め苦痛を避ける存在であり、その性質を前提に、社会制度は最大多数の最大幸福を目指すべき」という考え方を習ったりして、まさに「これだ!」でした。
とまあ、そんな昔話をしてもあまり意味がないのですが、そのような価値観を植え付けられてしまったが故に、その後の人生でも「悦楽・快楽」と「ストイック」とどちらか選ぶかという局面に際しては、当たり前のように「悦楽・快楽」を選ぶようになってしまったのですね。その選択に、酒が輪をかけていたのはいうまでもありません。
ミニマムに生きる=「ストイック」を決断基準にする
でもって酒をやめてみると、これが180度転換しました。何しろ、私が酒をやめた理由の大きな一つが、老後に備えて生活をミニマムせざるを得なくなったことがあり、ミニマムにするためには「悦楽・快楽」はなかなか求めにくい。
そして、ミニマムに生きるということはストイックに生きるということとニアリーイコールであり、断酒するとこれがやりやすいのです。なぜなら、酒という「悦楽・快楽」の最たるものをすでに捨てているのですから。
すると何が起こるかというと、そうした生き方が自信になります。
と、ここで高校の時の話に戻ると、「易きに流れるな」という教師の言葉が蘇ったりもするわけですが、今はそれに近い生き方をしているので、高校時代とはまさに真逆に自分に自信が持てる。そしてこの点も、断酒が人生を好転させてくれるという側面の一つなのかなあとも思い至ったりするのであります。
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