もはや「食」に執着している時代と社会状況ではないのかもしれない。しかし、その執着を引き出すのが酒さんでございまして。

酒やめて、2798日

人類は「食」へのこだわりから離れようとしている!?

一昨日、大谷翔平選手の「食は二の次」という発言の例を出して「たかが食べ物」といったことを主張させていただきました。

これって案外、大きな意味を持つと思うのですね。長らく人類の大いなる楽しみであった食というものから離れようとしている人もいる。その一人が大谷選手という、高い目標を設定しそれをクリアしてしまう超人的な存在だから、象徴的なのかもしれないなあと勝手に考えております。

思えば人類は、食うや食わずの時代から飽食の時代に突入し(ざっくり)、グルメブームもあったりして、あるいは食文化などという言葉も出現し、食に対して、ちょっと前までは異常に関心を持っていたわけですよね。今もそうなのでしょうけど、一方では円安で外国からの食料輸入価格が高騰し、再び食うや食わずの時代に突入しかけているのかもしれません。また日本産の農水産物については補助金を出して輸出奨励しているのだから、スターリンがやった飢餓輸出に近いものがあると思ってしまいますよ。どんだけ税収増至上主義なんや~て感じです。

そうした時代にあって、これまでのように、食にこだわりを持つということができにくくなっていることもありますし、さらに大谷選手に見られるように、目標達成に全力を傾けるために食を相対化しているパターンもあります。つまり一つの時代が終わろうとしていうふうに感じるのです。妄想なのかもしれませんけど。

もう「食」を特別視するのはやめようよ

ちなみに私の友人は、Xに自作のメニューの写真をアップしています。彼はレシピYouTubeもやっており、それをいつか収益がしたいという希望があるのではないかと想像します。そうした場合、まさに飯の種としての食という位置づけです。むろんSNSへの食のアップは、コミュニケーションのフックとしての役割もある。食への関心を持ち方としては、このようなことが時代に適合しているのではないかと思われます。余計なお世話ながら。

余計なお世話であるけれども、さらに余計なお世話な輩がいて、それをアップすると、いちいちLINEで批判的に論評してくる先輩がいるというのですね。SNSにアップしたのだから、リプすれば、たとえそれが否定であってもそれはそれでアップ主の財産になります。しかしLINEで個別にとなると「趣味」としか言いようがなく、そのように他人の食に異常に興味を持つ行為には、食に対するこだわりの時代を生きてきた残滓のようなものを感じてしまうのですよ。

繰り返しますが人類はそこから抜け出そうとしている……というと語弊があるかもしれませんが、そうならざるを得ない方向に向いていると思えます。

大げさにいえば、大谷選手のように生きられるかどうか、ということですよね。

一昨日も書きましたが、大谷選手はレベルこそ全然違えども、生き方の方向性を我々に教えてくれているようであります。それは自分で考え自分で判断するということで、そうしなければもはやサバイバルさえできない時代や社会状況になっている。

そうしたなかで「食」というものも決して特別な存在ではなく、いろんな価値と同じテーブルに載せて、自分でどうするか決めるマターでもある。なので「味は二の次」も選択肢としては当然あると思うのです。

が、そうした方向性(?)を邪魔してくるのが、酒さんでありまして。飲酒習慣があるとどうしても食にこだわるようになり、いろいろうるさくなり、人生のリソースをそちらに奪われがちなんですね。大谷選手がお酒を飲まないこともよく知られていますし。

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