酒やめて手に入るものこそ、人生を「ガチ自由」にしてくれるんだなあとしみじみしてしまいますよ。

酒やめて、3291日

人生後半で降りかかる諸問題に対処するには

一つ前のエントリで「断酒は、神が与えてくれたチャンスだと考えれば良いのだ」を書かせていただきました。酒をやめると自分が変わる人生が変わるのは間違いないところであり、それは、もともとの自分よりもさらにバージョンアップした自分になれることだと、いつも強調させていただいております。

いやしかし、ジジイになって「変わって」も人生に対するエフェクションは大きくないと思われがちですが、ただし心の部分、精神の変化については、老いも若きも変わりなく、というよりも、ジジイになってからの方が重要だったりもするのかなあと、ジジイとしては思うわけであります。

加齢を重ねると人間(たとえ酒飲まなくても)脳が萎縮しますし(それにブーストをかけるのが飲酒であるわけですが)、また自分自身の状況も、萎縮した脳ではなかなか対応できないことが増えてきます。経済的な問題もあり、むろん健康上の問題は加齢とともに深刻化します。

たとえば「がんです」と言われる可能性は、若い時に比べてもう飛躍的に高まるわけです。そうした時にどのように受け止められるか、ということですね。

そこで重要になるのが、やはり一歩引いて客観的に物事を考えるという態度ではないかと思います。そのベースとして、自分を客観視することがある。流行りの言葉で言えばメタ認知になるのでしょうか。

断酒は直情的人間も救ってくれる!?

逆に言えば、飲酒が習慣化していると、直情的に生きてしまいがちです。すべてにおいて、直截に反応してしまう。それが、老後ふりかかるプロブレムの深刻さを増すという側面があると思います。

むろんこの辺は、人それぞれもともと持っている性格もあるのでしょう。私の場合はといえば、元来、直情的人間だったのが、酒を飲むようになってますますそれに輪がかかったというかたちです(威張ることじゃない)。

そのまま老後に突入して、たとえば「がんです」と言われたり(実際、そう言われたことはある。結果的に良性の腫瘍だったが)、身近な人の死に直面したりしたときにどうだったか、と思いますよ。想像するだに怖いです。

そういうことに対して、一歩引いて接することができるようになったのが、酒をやめて手にいれた「生き方」ではないかなあと。

何度もすまんが、私の場合、もともと直情的な人間だったのが、メタな視点が手に入ったというのは非常に大きい。そして気づくのです。そうした資質こそが本当の自由をもたらしてくれると。私たち世代が愛してやまないジミヘン先生いうところの「Stone Free」つまり「ガチ自由」ですね。

「ガチ自由」を切望するというと、いかにも直情的な思いに聞こえるけれども、現実にそれを手に入るためには客観的な視点とそれに基づく行動が必要なのだなあと、今さらのように気づいた次第でございます。

というわけで、老後にとって必要(と私は考える)「ガチ自由」(それが心の平穏をもたらしてくれる)を求める一つの方法として断酒があるという結論にたどり着いたりもします。

原則として火曜日と金曜日の19時に更新しています。

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