なるかならんかわからんことに自分のリソースを注ぎ込むことの重要性【それを阻害するのが酒さんでありまして】

酒やめて、2690日

YouTubeやったり企画書作成したりできるのは……

一昨日、宮迫さんの一件で、YouTubeのことを若干取り上げさせていただきました。私の友人でもYouTubeをやっている人間がいて、本人いわく低浮上中です。つまり収益化ができてないということですね。ほとんどのユーチューバーがそうだといいます。

でもなぜ始めるかというと、やっぱりいつかは飯のタネにしたい、YouTubeで身を立てるまではいかないにしても副業程度にはしたいなということもあると思います。いわゆるパラレルキャリアの一環として、です。死ぬまで働け世代であればなおさらであり、これから老後を迎える低年金者としては切実だったりもします。

もっともYouTubeの編集作業というのはめちゃ手間暇かかるけど、めちゃ楽しいものらしいですね。友人が言うには時間を忘れるらしいです。脳がそういうふうに感じることができるのも、YouTubeで成功するための必要条件なのかもしれません。

さてその友人ですが、彼は、私と同じくフリーランスなので、当然、浮き沈みが激しいわけですよ。で、暇な時に何をするのかというと、そのようにYouTube動画を作成してみたりブログを書いてみたり、ということもなのですが、やっぱり本業がらみで企画書をよく書いています。私も見せていただき、私の本業に利用させていただいたり(他人のふんどしで相撲を取る作戦)もしております。それが数十ページにも及ぶものだったりして、やっぱりすげえなと思うのです。

話が前後しましたが、企画書は依頼された類のものではなく、自発的に、仕事開拓のために作成するものです。つまり、なるかならなんかわからんものです。そうした類の仕事に、自分の時間やエネルギーというリソースを注ぎ込めるのは、一つの判断基準になるのではないかと思うのですよ。

なんの判断基準かといえば、もちろん飲んでいいか飲んじゃいかんのか、ということです。

「当たり前」に対して目隠しされてしまう恐ろしさ

その仕事仲間は飲酒者です。でもそのような人は、飲んでもいいのかもしれないなあとも思います。エラソーですまんが。むろん酒は蓄積する毒なので将来的にはどうか分かりませんが。

ひるがえって飲酒時代の私の場合、暇があっても、なるかならんかわからんことに自分のリソースを注ぎ込むなんてことはとてもできませんでした。必要性は感じていて、さらには危機感は覚えても「まあ今日のところは一杯飲むか」で、明日になっても「今日のところは……」でした。あるいは酒さんが「そんなことやっても無駄やで」と囁きかけてきていたのかもしれません。人のせいにしちゃいかんが。

でも酒をやめると、なるかならんかわからんことをやる意味もわかるし、そうしなければいけないという状況と対処法も明確に見えてきます。

と、こんなことは今さら感満載で、書いていても恥ずかしくなるほどですが、そうした当然のことさえ認識できなくなるのは、飲酒習慣の怖さだと思いますわ。

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