「消費」から「生産」という一大価値観転換のご時世にあって、ますます酒飲んでいる場合じゃありません。

酒やめて、2880日

「消費は美徳」で生きてきたけれども……

一昨日、「「消費は美徳」の本格的な終焉と「贅沢は素敵だ」の変容」といったタイトルで「贅沢」ということを横軸に、世の中の価値観が消費から生産へと一大転換しているという話を書かせていただきました。でもって、そうしたご時世にあっては酒飲んでる場合じゃないというのが今回のテーマでありタイトルそのまんまやんけなのですが、それはなぜかということについてちょっと触れてみたいと思います。

その「消費から生産へ」なのですが、これってほんとに一大転換だと思いますよ。何度も言ってすまんけど。

私などは昭和の男なので、まさに消費は美徳という考え方で生きてきて、それはテレビはじめメディアに乗せられた部分もありますが、やっぱり時代の空気がそうだったからでしょう。要は、お金もないのにお金を使うのが大好きでした。

それは物欲もそうだし、あるいは遊び欲みたいなものも旺盛で、それがゆえにいつもピーピーしていて、だから仕事もいっぱいしなければいけなくて、いつも何かに追い立てられるように生きてきたと思います。それが時代の空気でもあり(二度目)、多くの人が大なり小なりそうだったのではないかと思います。

さて一方、今の時代の空気……というか世の中の構造はといえば、一昨日も書きましたが、ICTやAIというインフラが整ってきていて誰でも簡単に「生産」できるようになっている。

停滞する日本の中で世界の景気に乗るために投資をするのも「生産」の一つであり、その成功のハードルも下がっていて、投資はゼロサムゲームではなくウィンウィンになっていますよね(参考「「断酒して投資せよ」は、どの程度正解か」)。

要は本業だけに依存しないで生きていけるインフラがあり、そして政府も、もう給料だけに頼らず副業してねー、投資してねーと言っている。これはこれで問題で、今の日本社会はデービッド・アトキンソンさんいうところの「モノプソニー」が極まった社会になっている。

断酒erはもう一つの「インフラ」を持っているよね

で、ここからが本題なのですが、そうした社会に対抗していくために、そうした社会でサバイバルしていくために「生産」が重要であり、その生産のために何が必要かというと当然のごとく時間です。もっと言えば時間と経済力とエネルギーになるのですが、一番のポイントはやっぱり時間でしょう。

というのは、やっぱりYouTubeなどが典型だと思うのですが、もうほんとに作業量に支えられていますよね。よく農業が労働集約型産業といいますけれども、新しいタイプの労働集約型産業であります。もちろん外注という手もあるでしょうけれども、それには経済力が必要。経済力がなくても作業量で補完できるようになっているのが現在の「生産」の特性でしょう。ITインフラはみんなに平等にあるものだから。

で、この作業量が何に担保されるかというと時間ということにあいなります。そして時間を奪う最大のものというと、はい、出ました、酒さんであります。

こんなことは今さら私が言うまでもありませんが、飲酒習慣があると、飲むことで時間が奪われるのはもちろん、飲んでなくいときでも頭が働かない時間がもたらされます。酒さんはダブルで時間を奪っていきやがるのです。

したがって、誰もが「生産」できる社会構造と酒さんは親和性がまったく高くない。という三段論法(?)が完成します。では断酒erはどうかといえば、酒に奪われる時間がないというそれだけで、新しい生き方のファウンデーションがすでにできていると考える次第でございます。

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