酒やめて、3270日

受験は成功体験が得やすいというが……
明日から大学入学共通テストだそうで、それを支援する塾や予備校の広告を見るにつけ、コンセプトの一つとして「昨日の自分を超えていけ」があることがわかります。むろんこうした考え方は受験に限ったものではないのでしょうけれども、受験の場合、とくに強調されるようです。逆に言えば、受験は「昨日の自分を超える」ビックチャンスということですよね。
このブログでも触れたことがありますが、受験及びそれに伴う受験勉強は、ある意味、最も結果が出やすく、最も成功体験を得やすいものでしょう。ここで成功体験を得ることが、その後の人生を生きていく上で重要だと言えそうです。
だからこそ企業は、高偏差値大学出身者が好きなのですね。「昨日の自分を超える」ためのギリギリの努力をし、そこで成功体験を得ることのできた人間がほしいというわけです。
ちなみに今、総合型選抜や推薦型選抜のプレゼンスが大きくなり、いわゆる一般的な受験勉強におけるギリギリの努力というものがしにくくなっているのかもしれませんが、その代わりに、総合型選抜などは「何を体験したか」が問われ、したがって体験をもたらす親の責任は重く、それを放棄させてしまうのが飲酒だったりするということも以前書かせていただきました(参考「親の過飲酒は、子どもの経験チャンスを奪う」)。
と、それもともかく、私のことを言えば、この受験で成功体験を得られなかったのが、やはり、その後の人生を左右していると思います。今さら遅すぎますけれども。
今日飲まなければ「昨日の自分を超えている」!
さて、受験が成功体験をもたらしやすい行為というと、「えっ」と思う向きもあるかもしれません。それで成功体験を得られなかった私なども実はそうなのですが、ただ、その後の人生において待ち構える「仕事」てやつに比べれば結果が出やすいということは、私のような者でさえ確信します。だって仕事なんて、頑張っても頑張っても一向に認められないばかりか、クレームさえつけられるケースがありすぎます。それに比べれば受験は、頑張れば、やっぱりその分、結果が出るものでしょう。そら、学校の先生が口を酸っぱくしてそう言うわけだわ。まあ、私のような者は「仕事」を経験してやっとそこに思い至ったわけですが。
でも、ですね、この受験やそれに伴う受験勉強を超える「昨日の自分を超えていく」行為があり、そう、それはむろん「断酒」であります。
断酒は一日一日の積み重ねですから、今日飲まなければ、「昨日の自分を超えている」のですよ。当然ながら。もう、こんなおトクで素晴らしいことってないんじゃないか。とくに、受験という最大の成功体験チャンスを生かせなかった私のような者にとっては、です。
そして重要なのは、それを自分で自分でも認めてあげられることです。朝、起きたときに昨日よりも俺は成長していると思える……というか勝手に思い込むのですが、そうすると生きる勇気が湧いてくるってもんです。今日も、そのように考えながら一日を始めた次第でございます。ま、ジジイの場合、若干(どころじゃないが)遅すぎますが、ある程度若いうちにやっていれば、さぞや、と思いますわ。
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